フィリー・ジョー・ジョーンズ
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名前の「Philly」はフィラデルフィアという意味で、本名は「Joseph Rudolph Jones」。同じドラマーであるジョー・ジョーンズと区別するために、出身地の「フィリー」を付加している。(これと対照して、ジョー・ジョーンズを「パパ・ジョー」と呼ぶことが多い)
1947年よりニューヨークのカフェ・ソサイエティのハウスドラマーとしてビバップの演奏をする。1955年から1958年まではマイルス・デイヴィス・クインテットの一員としてジョン・コルトレーン、ポール・チェンバース、レッド・ガーランドと共に活躍した。この時期に多くの名盤を残しているが、とりわけ、わずか2日のレコーディング・セッションでアルバム4枚分の録音を行った、いわゆる「マラソン・セッション」は有名。この録音は4枚のアルバム『クッキン』『ワーキン』『リラクシン』『スティーミン』として発売された[1]。他にもソニー・ロリンズ、ウィントン・ケリー、ビル・エヴァンスなどのアルバムで数多い演奏を繰り広げ、ハード・バップ期を代表するドラマーとしての地位を確立した。