エルヴェ・ヴィラール

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出生名 René Vilard
生誕 (1946-07-24) 1946年7月24日(79歳)
ジャンル ポップス
エルヴェ・ヴィラール
Hervé Vilard
基本情報
出生名 René Vilard
生誕 (1946-07-24) 1946年7月24日(79歳)
出身地 フランスの旗 フランス パリ
ジャンル ポップス
職業 歌手
担当楽器 ボーカル

エルヴェ・ヴィラール[注釈 1]Hervé Vilard、本名:ルネ・ヴィラール、1946年7月24日 - )は、フランスの歌手、作曲家、舞台演出家。1965年、彼のファースト・シングルである「カプリの恋の物語英語版」は国際的にヒットした。

ルネ・ヴィラールは1946年7月24日パリのサン=タントワーヌ病院への道中のタクシーで生まれた[1][2][3][4][5]。父親には会ったことがなく[1]、母親も親権を失ったため、パリの孤児院に送られた。その後、ベリー地方の何人かの里親の下へ転々と預けられている[1][2]。後にシェール県ラ・スレット英語版へと移り、1957年にアンソニー・アングラン神父と出会い、彼の下で音楽や文学を学ぶ[2][6]

ルネはパリに向かい、画商のダニエル・コルディエ英語版と出会い、1962年にその養子となる[2]。そしてシャンゼリゼ通りにあるレコード店やナイトクラブで働くようになった[2]。その傍ら、ルネは音楽の才能を磨くために歌のレッスンを受け始める。この頃、マーキュリー・レコードの幹部と出会い、歌手としてのキャリアを歩み始めることとなり[2]、「エルヴェ・ヴィラール」という芸名を名乗り始めた。

1965年6月にマーキュリー・レコードからリリースされたファースト・シングルである「カプリの恋の物語英語版 (Capri c'est fini)」は国内外で330万枚売り上げ、有名になった[1][2][3]。続いて、「恋にいのちを賭けて (Mourir Ou Vivre)」や「愛してあげて (Fais-la rire)」をリリースし、フランスの有名アーティストとしての地位を高める。1967年から1969年にかけてはラテン・アメリカでツアーを行い、ラテン・アメリカでも人気歌手となった。また、トルコや韓国、日本でレコードがヒットするなど国外でも人気となる[2]

その後もフランスでは「Nous」(1978年、売上200万枚)、「Reviens」(1980年、売上100万枚)のシングル盤のヒットやツアーで人気を博す。ツアーではチャリティ公演や孤児院への訪問も行っている[2]。1992年、フランス文化への貢献が認められ、国家功労勲章が授与された。2004年にはベリー地方に自身の名を冠したコンサートホールが建てられた。同年、マルグリット・デュラスベルトルト・ブレヒトパブロ・ネルーダルイ・アラゴンなどの詩に音楽をつけた『Cri du coeur』というコンピレーションCDをリリースした[2]

逸話

  • 「カプリの恋の物語 (Capri c'est fini)」がヒットした頃、フランスのニュース雑誌の『France Dimancheフランス語版』はヴィラールに母親探しの手伝いを持ち掛け、見返りとして雑誌に再会の際のインタビューや報道の独占権を与える。その結果として、ヴィラールは母親との再会を果たし、『France Dimanche』の売り上げも伸びた[1]。なお、母親は1981年に亡くなっている[2]
  • 1967年にラジオで自身がバイセクシュアルであることを告白した。有名なフランスの歌手としては初めてのことである[7]
  • パリ・マッチ』誌のインタビューにおいて、ボリビアでのコンサート中に元ナチスの将校クラウス・バルビーがいることに気づき、身柄の拘束やフランスへの強制送還につながったと述べている。

ディスコグラフィ

スタジオ・アルバム

  • Capri c'est fini (1965年)
  • Jolie ou pas jolie (Petite fille) (1966年)
  • Ya para qué (1969年)
  • Chante avec moi (1970年)
  • 『フランスの貴公子』 - On laisse toujours quelqu'un derrière soi (1971年)
  • La chica con los ojos claros (1975年)
  • Rêveries (1977年)
  • Nous (1979年)
  • J'm'en balance (1979年)
  • Je l'aime tant (1981年)
  • Ensemble (1983年)
  • Les chansons que j'aime (1984年)
  • Venise pour l'éternité (1986年)
  • L'Amour défendu (1990年)
  • Simplement (1997年)
  • Cri du cœur (2004年)

ライブ・アルバム

  • Premier Olympia (1974年)
  • Olympia 1980 (1980年)
  • Olympia 1981 (1981年)
  • Olympia 1982 (1982年)
  • Théâtre des Variétés 92 (1992年)
  • Olympia 2007 (2007年)
  • Hervé Vilard et nous... Chantons ! (2015年)

主なシングル

  • 「カプリの恋の物語」 - "Capri c'est fini" (1965年)
  • 「恋にいのちを賭けて」 - "Mourir Ou Vivre" (1966年)
  • 「愛してあげて」 - "Fais la rire" (1969年)
  • 「さよなら」 - "Sayonara" (1969年)
  • 「朝の天使たち」 - "Les Anges Du Matin" (1970年)
  • 「天使は恋人」 - "Je Tutoie Les Anges" (1972年)
  • "Champagne" (1975年)
  • "Rêveries" (1978年)
  • "Nous" (1977年)
  • "Je l'aime tant" (1981年)
  • "Ensemble" (1983年)
  • "Le Vin de Corse" (1986年)
  • "Tout simplement" (1997年)
  • "L'Amour défendu" (1990年)
  • "Simplement" (2002年)
  • "Cri du cœur" (2004年)

著書

脚注

外部リンク

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