エル・エスコリアル
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| 県 | |
| 司法管轄区 | ナバルカルネーロ |
| 面積 | 68.75 km² |
| 標高 | 909m |
| 人口 | 15,842 人 (2018年[1]) |
| 人口密度 | 230.43 人/km² |
| 住民呼称 | escurialense |
| 自治体首長 (2015年) |
Antonio Vicente Rubio(PP)[2] |
| 守護聖人 | San Bernabé、 Virgen de la Herrería |
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北緯40度34分54秒 西経4度07分33秒 / 北緯40.58167度 西経4.12583度座標: 北緯40度34分54秒 西経4度07分33秒 / 北緯40.58167度 西経4.12583度
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クエンカ・デル・グアダラーマ郡に属する。グアダラーマ山脈の南麓地域の北西部に位置し、首都マドリードからはおよそ46kmの距離にある。地元では隣接する自治体サン・ロレンソ・デ・エル・エスコリアルと区別するため、本自治体をエル・エスコリアル・デ・アバッホと呼び、サン・ロレンソ・デ・エル・エスコリアルをエル・エスコリアル・デ・アリーバと呼ぶことが多い。自治体内をグアダラーマ川の支流であるアウレンシア川が流れる。
北はサン・ロレンソ・デ・エル・エスコリアルと、西はロブレード・デ・チャベーラとサルサレッホと、南西はナバルガメージャと、南はバルデモリージョとコルメナレッホと、東はガラパガールの各自治体と隣接する。
歴史
16世紀に自治体内にエル・エスコリアル修道院が建設されたが、18世紀にその地域は独立した自治体サン・ロレンソ・デ・エル・エスコリアルとして分離した。それゆえ同修道院はサン・ロレンソ・デ・エル・エスコリアル修道院とも呼ばれる。
2006年6月21日エル・エスコリアルは、サン・ロレンソ・デ・エル・エスコリアル、サンタ・マリーア・デ・ラ・アラメーダ、サルサレッホなどの自治体とともに歴史的領域・場所として文化財地区に指定された。これらの自治体は王立修道院の周囲にある、王室御用地として16世紀に制定された王室および修道院直轄領を構成していた。現在でもサン・ロレンソ・デ・エル・エスコリアル王室御用地あるいはサン・ロレンソ・デ・エル・エスコリアルおよびエル・エスコリアル王室御用地(Real Sitio de San Lorenzo de El Escorial y El Escorial)と呼ばれている。
また、自治体内の代表的史跡の一つであるカシータ・デル・プリンシペ(Casita del Príncipe、王子の別荘)は1984年11月2日にユネスコの世界遺産として登録された修道院と王室御用地の一部を構成している。
語源
エル・エスコリアルという名称の起源についての一致した見解はいまだないが、最も流布している説は「escoria」という語から派生したというものである。「escoria」とは冶金製造の残留物、残りかすの保管場所、貯蔵場所という意味である。しかしながら、この地にそのようなものが設置されていたという証拠はない。別の研究者たちはラテン語の「aesculus」(栗の木、この地にはこの木が非常に多い)に関係づけている。またアラビア語の「casiri」(岩の多い)に関係づける研究者もいる。
また、この地には日の当らない湿気の多い森が広がっているため、エル・エスコリアルという名称を「oscuridad」(暗さ、暗黒の意、中世語には「escuridad」という語形がみられた)という語に結びつける新説も提案されている。
人口
政治
自治体首長はマドリード国民党(Partido Popular de la Comunidad de Madrid)のアントーニオ・ビセンテ・ルビオ(Antonio Vicente Rubio)[5]で、自治体評議員はマドリード国民党:10、マドリード社会党(Partido Socialista de Madrid):3、MA[6]:2、統一左翼=緑の党(IU-LV)[7]:1、ACCION PLURAL[8]:1となっている(2011年5月22日の自治体選挙結果、得票順)[9]。
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司法行政
エル・エスコリアルはナバルカルネーロ司法管轄区に属す[16]。
