エル・キャピタン (旅客列車)
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1930年代の中頃、シカゴ・ロサンゼルス間を運行したスーパー・チーフやチーフと異なり、全席座席の低運賃の旅客列車として企画され、同区間を運行したユニオン・パシフィック鉄道のチャレンジャーと競合関係にあった。列車名は、沿線のヨセミテ国立公園内の大岩「エル・キャピタン」に由来する。
その後導入された、全席2階建ての車両は人気を呼んだが、航空機や自家用車の普及により鉄道旅客数は減少、1957年には閑散期の運行をスーパー・チーフと統合した。
1971年の全米鉄道旅客輸送公社・アムトラックの発足に伴い、エル・キャピタンの運行はそのまま引き継がれた。しかし、車両編成に変化が生じ、スーパーチーフの寝台車両とエル・キャピタンの2階建て座席車という編成に変化はなかったが、サービス合理化の観点から別々に連結されていた食堂車が統合され、両列車間の行き来が可能になった。
サービスが低下したと思われたため、サンタフェ鉄道は1974年にアムトラックにスーパー・チーフとエル・キャピタンの名称を使うことを禁じ、サウスウェスト・リミテッドが新たに運行されたが、1984年以降はサウスウェスト・チーフに変更され、伝統ある「チーフ」の名前が復活した。
エル・キャピタン用の2階建て客車は、アムトラックが大量に増備したスーパーライナーのベースとなり、混結での運転も見られた。現在は老朽化により多くが退役しているが、展望車はロサンゼルスとシアトルを結ぶコースト・スターライトの寝台客用ラウンジカー「パシフィック・パーラーカー」となって活躍を続けている。

