エル・ジェイ・ヘップ From Wikipedia, the free encyclopedia 国籍 アメリカ合衆国生年月日 (1978-09-26) 1978年9月26日(46歳)出身地 ノースカロライナ州ローリー2006-20092010-2011 バンサークリーク高校大分ヒートデビルズエル・ジェイ・ヘップL. J. Hepp引退国籍 アメリカ合衆国生年月日 (1978-09-26) 1978年9月26日(46歳)出身地 ノースカロライナ州ローリー指導者経歴2006-20092010-2011 バンサークリーク高校大分ヒートデビルズ エル・ジェイ・ヘップ(L. J. Hepp, 1978年9月26日 - )は、アメリカ合衆国ノースカロライナ州ローリー 出身のバスケットボール指導者[1]。 ノースカロライナ大学を2001年に卒業後、ノースカロライナ大学のマット・ドハーティ(英語版)ヘッドコーチの下でアシスタントとなった。2003年から2005年までスタンフォード大学のマイク・モンゴメリー(英語版)ヘッドコーチの下でビデオコーディネーター、トレント・ジョンソン(英語版)ヘッドコーチの下でアシスタントコーチを務めた。2004年、2005年とスタンフォード大学はNCAAトーナメントに進出した。2004年は30勝2敗でチームはAP通信の投票で全米ランク1位になったが[1][2]、トーナメントではベスト32で姿を消した。 2006年から2009年まで、バンサークリーク高校のヘッドコーチを務めた。 2009年から2010年まで、サウスカロライナ大学バスケットボールオペレーションディレクターを務めた[2]。 2010年、bjリーグの大分ヒートデビルズヘッドコーチに就任した。2011年3月、東日本大震災が起きた後、アメリカ人選手のローランド・ハウエル、タジ・フィンガー、サイラス・テイトらが退団した後、彼らを残留させることができなかったという理由で大分から解任された[3]。 2013年、パンサークリーク高校のヘッドコーチに復帰した[4]。 脚注 1 2 “PROFILE”. スタンフォード大学カーディナル. 2015年6月29日閲覧。 1 2 “Bio”. サウスカロライナ大学ゲームコックス. 2015年6月29日閲覧。 ↑ Ed Odeven (2011年3月20日). “Oita fires coach Hepp after American players leave”. ジャパンタイムズ. 2015年6月29日閲覧。 ↑ “L.J. Hepp, Panther Creek boys basketball coach, steps down”. newsobserver.com (2014年5月12日). 2015年6月29日閲覧。 表話編歴大分・愛媛ヒートデビルズ歴代HC 2005-2006 ジョワン・オールドハム 2006-2008 桶谷大 2008-2009 小川忠晴 2009-2010 ブライアン・ロウサム 2010-2011.3 エル・ジェイ・ヘップ 2011.3-5 トニー・ハンソン(代行) 2011-2015 鈴木裕紀 2015-2016.1 梅田智之 2016.1-2016 河合竜児 Related Articles