エンブリオ (バンド)
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| エンブリオ Embryo | |
|---|---|
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クリスチャン・ブッヒャルト(2011年) | |
| 基本情報 | |
| 出身地 |
|
| ジャンル |
プログレッシブ・ロック クラウトロック フュージョン ワールドミュージック |
| 活動期間 | 1969年 - |
| レーベル | Brain、Schneeball、Materiali Sonori、Garden of Delight、オール、ユナイテッド・アーティスツ・レコード |
| 共同作業者 |
アモン・デュールII カン グル・グル マッドリブ ディシデンテン フランツ・フェルディナンド |
| 公式サイト |
www |
| メンバー |
マリャ・ブッヒャルト ヴァレンタイン・アルテンベルガー イェンス・ポルハイト ディーター・セルファス Mik Quantius |
| 旧メンバー |
クリスチャン・ブッヒャルト エドガー・ホフマン ローター・マイト ディーター・セルファス ロマン・ブンカ ウヴェ・ミュールリッヒ マイケル・ヴェーマイヤー クリス・カーラー ローター・スタール |
エンブリオ[1](Embryo)は、1969年から活動しているミュンヘン出身の音楽集団である。その結成は、1950年代半ばにクリスチャン・ブッヒャルトとディーター・セルファスが10歳で初めて出会った場所、ホーフの頃にまでさかのぼれる。1970年代の重要なジャーマン・ジャズ・ロック・バンドであり、「クラウトロック・バンドの中で最も折衷的なバンド」とも呼ばれている[2][3]。
1969年に、マルチ楽器奏者のクリスチャン・ブッヒャルト(ドラム、ヴィブラフォン、サントゥール、キーボード)と、エドガー・ホフマン(サックス、フルート)によってバンドは結成された。これまでに400人以上のミュージシャンがこの集団で演奏したが、チャーリー・マリアーノ、トリロク・グルトゥ、ラメシュ・ショットハム、マーティ・クック、ユーリ・パルフェノフ、アラン・プラスキン、Xizhi Nie、ニック・マッカーシー、モンティ・ウォーターズ、マル・ウォルドロンなどが、さまざまなタイミングで演奏してきた。長年のメンバーは、エドガー・ホフマン(サックス、ヴァイオリン)、ディーター・セルファス(ドラム)、ロマン・ブンカ(ギター、ウード)、ウヴェ・ミュールリッヒ(ベース)、マイケル・ヴェーマイヤー(キーボード)、クリス・カーラー(ギター、ウード、ヴァイオリン、サックス)、ローター・スタール(マリンバ、ドラム)、イェンス・ポルハイト(ベース、フルート)である。
トン・シュタイン・シェルベンとともに、彼らは1976年にドイツで最初の独立レーベル、シュニーボールの創設者となった。
バンドは1979年に、映画『Vagabunden Karawane』に記録されている、バスによるインドへの9か月にわたるツアーを開始した[4]。エンブリオは、ジャジーなクラウトロックから、さまざまなスタイルやトレンドを融合できるワールドミュージック・バンドへと発展した。彼らのアルバムの多くは、4大陸での集団旅行中に生まれた。バンドは、インド(ムンバイ・ジャズ1979)、イングランド(1973年のレディング・フェスティバル)、ナイジェリア(ポート・ハーコート・ジャズ1987)、日本(和歌山1991)など、世界中で数多くのフェスティバルにて演奏した。 2008年7月、エンブリオは「TFFルドルシュタット・フェスティバル」で、ドイツ・ワールドミュージック・アワード・RUTH 2008を受賞した。
1981年、ミュールリッヒとヴェーマイヤーがエンブリオを脱退して「エンブリオズ・ディシデンテン (Embryo's Dissidenten、エンブリオの反体制派)」を結成し、すぐにディシデンテンとなった[5]。
2016年3月にモロッコへと向かう途中、クリスチャン・ブッヒャルトは脳卒中を起こした。それ以来、バンドとともに育ったクリスチャン・ブッヒャルトの娘であるマリャ・ブッヒャルト(ドラム、ヴィブラフォン、ボーカル、トロンボーン、キーボード)がエンブリオを率いている。
2018年1月17日、クリスチャン・ブッヒャルトはミュンヘンで亡くなった。71歳のことだった。