オクタヴィアン・スミゲルスキ
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オクタヴィアン・スミゲルスキ | |
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| Octavian Smigelschi | |
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自画像 | |
| 生誕 |
1866年3月21日 現ルーマニア、ルドシュ(Ludoș) |
| 死没 |
1921年11月10日(55歳没) ハンガリー、ブダペスト |
オクタヴィアン・スミゲルスキ(Octavian Smigelschi、名は Octavとも、姓は Smigelski や Smighelschi、Szmigelszki、 Szmigelschiとも、マジャール語表記; Szmigelszki Oktáv、1866年3月21日 - 1912年11月10日)は、現ルーマニア(当時はオーストリア=ハンガリー帝国)の画家、版画家である。象徴主義のスタイルの作品や宗教画を描いた。
現ルーマニア、トランシルヴァニアのルドシュ(Ludoș)で生まれた。父親はポーランド貴族の子孫で、1848年にポーランドからの亡命してきた人物で[1]母親はマケドニアに出自のある人物である。ブダペストの絵画学校や美術教師養成学校でセーケイ・ベルタランに学んだ[2]。1887年に地元の雑誌の美術コンクールの受賞者の一人になった。1887年に、仲間の画家とミュンヘンを訪れ、スイスの画家アルノルト・ベックリンの作品に大きな印象を受けた。
1889年に美術教師養成学校を卒業し現スロバキアのバンスカー・シュチャヴニツァに移り、1891年まで絵の教師として働きながら水彩で風景画を描き展覧会に出展した。1892年から、現ルーマニアのドゥンブラヴェニ(Dumbrăveni)の高校の美術教師に就職し、近傍を旅して風景を描いた。1898年にはイタリアに1年間滞在し、ヴェネツィア、ラヴェンナ、フィレンツェに滞在し、宗教画を学んだ。1903年に、宗教を題材した個展をブラジで開き、教会の関係者に注目された。ブラジの聖三位一体大聖堂(Catedrala Sfânta Treime)の仕事もした。1903年10月にシビウで展覧会が開催され、地元の新聞やブカレストやブダペストの新聞でも取り上げられ、有名な批評家にも賞賛され、その年の12月にブダペストでも展覧会を開くことができ、有力者がブダペストの展覧会を訪れた。シビウのいくつかの教会の装飾画も描いた。
1912年にブダペストで亡くなった。