ナイメーヘンで生まれた。兄に風景画家のエーフェルト・マルセウス・ファン・スリーク(Evert Marseus van Schrieck: c.1614-1681)がいる。1648年から1657年の間をマティアス・ウィトゥースやウィレム・ファン・アールストと共にローマとフィレンツェで過ごし、その後アムステルダムに落ち着いた。18世紀初めに画家の伝記を出版したアルノルト・ホウブラーケンによれば、ファン・スリークはイタリアの旅の途中でパリを訪れたとし、1659年にはイギリスも旅したとしている。
ファン・スリークは特に森に生えている植物と動物を描いた作品で知られていて、ホウブラーケンによると、ローマ滞在時にはsnuffelaerもしくは"sniffer"というあだ名で呼ばれたが、それは彼がいつも変った爬虫類や植物を探しまわって(sniffing)いたからだという。また、ファン・スリークの妻は、彼がヘビやトカゲを家の裏の納屋で飼っていて、また郊外にもそのための土地を持っていたと語っている。[1]