オラウィー・サッチャノーン
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| オラウィー・サッチャノーン อรวี สัจจานนท์ | |
|---|---|
| 出生名 |
ブンシター・サッチャノーン (タイ語: บุญสิตา สัจจานนท์) |
| 生誕 | 1965年3月9日 |
| 出身地 |
|
| ジャンル |
ポップス ルククルン ルクトゥン |
| 職業 | 歌手 |
| 活動期間 | 1987年 - 現在 |
| レーベル | グラミーゴールド (แกรมมี่โกลด์)など |
オラウィー・サッチャノーン(タイ語: อรวี สัจจานนท์、英: Orawee Sujjanon、1965年3月9日- 現在)は、タイの歌手。愛称:レック(เล็กーLek 小さいという意)、ノーン・レック(น้องเล็กーNorng Lek レックちゃん、くらいの意味)。本名ブンシター・サッチャノーン(บุญสิตา สัจจานนท์)[1]。
サムットプラーカーン県(จังหวัดสมุทรปราการ)プラサムットチェディ郡(พระสมุทรเจดีย์)の中国系タイ人家庭に生まれる。ホーワン学校(โรงเรียนหอวัง )卒業。
1987年にKeeta Record (คีตา เรคคอร์ดส)所属のユアマイ(เยื่อไม้)という名のルククルン歌謡のアコースティック・アンサンブルの専属歌手としてデビュー。1987年から1990年の間に、全部で13枚のルククルン・アルバムを発表したうち、器楽演奏のみのアルバム2枚を差し引いて、11枚のアルバムに参加。その美声で「ガラスの鈴の歌声(นักร้องเสียงระฆังเเก้ว)」の異名を取り、大げさなヴィブラートを廃した都会的な歌唱と正確な音程、恵まれたリズム感が身上である。
1930ー50年代に流行した後、下火だったルククルン人気を再燃・復活させ、カセット・テープも併せて累計100万枚以上を売り上げた。ルククルンでは空前にして絶後の売上となり、業界の話題となった。オラウィーの歌声が、この売上に貢献した大きな要因である。
忘れ去られていた過去の名曲の数々をリバイバルで歌い上げた。オラウィーがヒットさせ、親しまれた曲に、「音色(แว่วเสียงซึง)」、「利益(ส่วนเกิน)」、「感情の場(สนามอารมณ์)」、「禁じられた愛(รักต้องห้าม)」、「最悪(ช่างเลวเหลือเกิน)」、「一人の女と二人の男(หนึ่งหญิงสองคน)」、「メーサイ(แม่สาย)」「川(สายน้ำ)」などがある[2]。
1990年、ユアマイ解散後はGMMグラミー(จีเอ็มเอ็ม แกรมมี่ )に移籍し、ルククルンだけでなく、ルクトゥンでもタイポップでも、機会があれば何でも歌った。ソロになった結果は大成功で、ユアマイ参加時よりもソロ活動のほうがファンも広がり、売り上げも伸びた。
歌の巧さには定評があり、デビューまえの1980年頃から各地の歌謡コンテストを制覇し始める。1980年のハッピーランドでの入賞、1981年の三菱のコンテストで優勝を果たした。
プロ・デビューを果たした後でも、活躍は目覚ましく、様々な賞を受賞し、その人気は不動である。2003年、プラナコンラチャパット大学(มหาวิทยาลัยราชภัฏพระนคร)卒業。芸術学士(นิเทศศาสตรบัณฑิต)でもある[3]。[4]