オルガ・ウリアノヴァ
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1963年にソビエト連邦に生まれ、1985年にモスクワ大学で歴史学の修士号を、1988年には同大学で普遍史の博士号を取得した。大学時代にはすでに南アメリカのチリの社会や政治史を専門としていた。チリから亡命した共産主義指導者の翻訳者として働き、1992年にチリからの亡命者と結婚すると、夫とともにチリに渡った。夫妻の一人娘はチリとロシアの国籍を有している[2]。
チリでは主にサンティアゴ大学で、またアバンサドス研究所で働き、2010年から2015年には同研究所のディレクターを務めた。2016年にはサンティアゴ大学の土木工学者であるフアン・マヌエル・ソレッツィからサンティアゴ大学功労メダルを授与された[2][3]。2016年12月29日、癌が原因でサンティアゴで亡くなった。53歳没[4]。