オールドクロウハンマン

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オールドクロウハンマン
(アイルランド国立博物館)

オールドクロウハンマン: Old Croghan Man、アイルランド語: Seanfhear Chruacháin)は2003年アイルランドで発見された鉄器時代湿地遺体である。

名前は発見地にほど近いオファリー県デインジアン北方のクロウハン・ヒル英語版にちなんでつけられた。現在ダブリンアイルランド国立博物館英語版で展示されている。

同じアイルランドの湿地遺体にクローニーカバンマンがあり、オールドクロウハンマンはクローニーカバンマン発見の3か月後に発見された[1]

身長は腕の長さに基づき198cmと算出されたが、これほどの高身長は当時のアイルランドではきわめてまれであった[2]にはマニキュアが塗られており、ここから肉体労働者ではなく身分の高い人物であったことが推測される[3] [4]

の内容物から最後の食事は小麦バターミルクと分析されているが、少なくとも死の4か月前までは肉を含む豪華な食事をとっていたと考えられる。に残された傷から胸膜炎を患っていたことが判明した[5]

オールドクロウハンマンは紀元前362年 - 紀元前175年の間に死亡したと考えられ、死亡時の年齢は20代前半と見積もられている[6]

衣服はまとわず、左腕に高貴な人物であることを示す製の腕輪を装着していた[4]

2014年に放送されたドキュメンタリー番組では、オールドクロウハンマンはこの地を治めていたであったが天候不順や不作のため生贄にささげられた、という説が紹介されている。これら古代の部族ではそうした現象は王の失政が原因であり、王がその責任を取らなければならないとされていた[4]

死因は胸を刺されたことで[4]、死後首は切り落とされ胴体も上下に切断された[5]。片腕にも傷があり、これは死に際して抵抗した痕跡とみられている[7]。似たような傷は2011年に発見されたカシェルマン英語版でも確認されている[4]

両方の乳首の下に深い切り傷が残されているが、その原因は死後泥炭の重量によってつけられた、生前に行われた拷問の痕跡である[5]、生前か死後かは別に象徴的儀式のため意図的に傷つけられた、などいくつかの説が唱えられている[8]。最近では、失脚した支配者であることを表しているという説[8]が唱えられている。

腕輪

脚注

関連項目

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