オールド・クロウ (ウイスキー)

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発祥国 ケンタッキー州、アメリカ合衆国
販売開始 1835年
オールド・クロウ・バーボン・ウイスキー
オールド・クロウ・リザーブ
種類 バーボン・ウイスキー
製造元 サントリーグローバルスピリッツ
発祥国 ケンタッキー州、アメリカ合衆国
販売開始 1835年
アルコール
度数
43.00%
プルーフ 86度
関連商品 ジム・ビーム
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オールド・クロウ (Old Crow)」はケンタッキー州で生産されている低価格帯のストレートバーボン・ウイスキーである。より高品質の(それでも高額ではない)「オールド・クロウ・リザーブ (Old Crow Reserve)」も同時に展開されている。このウイスキーは「ジム・ビーム」やその他多数のバーボン・ウイスキーを製造しているサントリーグローバルスピリッツ(旧:ビーム サントリー)によって蒸留されている。現在のオールド・クロウの製品はジム・ビームと同じ麦芽汁と酵母を使用しているが、より短い期間で熟成され、風味も異なっている。オールド・クロウブランドはケンタッキー州最古のバーボンの一つという誇るべき歴史を持っている[1]。オールド・クロウはの中で最低三年熟成され、プルーフは80度(アメリカ基準)、オールド・クロウ・リザーブは最低四年熟成で86度のプルーフである。

スコットランドの移民であったジェームズ・C・クロウは、フランクフォートにて1830年代に酒類の蒸留を開始し、のちにそれがオールド・クロウと呼ばれることになる。伝えるところによれば彼はとても熟練した蒸留職人で、様々な依頼者にウイスキーを製造したが、それは『クロウ』もしくは、熟成されるにつれて『オールド・クロウ』とよばれるようになり、後者の名でブランドは著名になった[2] 。彼は1856年に死去した。W.A. Gaines and Company が名前を引き継ぎ、彼のレシピに沿ってバーボンの製造を続けたものの、本来の蒸留の方式は彼の死とともに終わりを迎えた[1] 。ほんの少ししか残されていないとみられていた[2]オリジナルのオールド・クロウの最後のストックは伝説に近い地位を得ており、ケンタッキー州選出の上院議員Joseph Clay Stiles Blackburnはこれを飲ませたことで再選を確固たるものにしたと言われている[1]。「オールド・クロウ」という名称をめぐる論争はGaines companyに有利な形で決着した[2]カラスオオムギの穂の上に止まっているロゴは、南北戦争間に北軍と南軍の懸け橋となるシンボルとして生まれたとうわさされている。オールド・クロウを二度と飲めなくなることを恐れた兵士たちは、リンカーン大統領に「我々は素晴らしい紳士であるオールド・クロウを逃がしてはなりません。思い出してください大統領、最も鋭い爪を持つカラスはオオムギを永遠につかみ続けるものです」と手紙を送った。戦後、ロゴはジェームズ・クロウの絵から現在のカラスがオオムギを持っているものに変更された。

このウイスキーは一時期合衆国で最も売れたバーボンであったが、20世紀後半には急激な売り上げ低下を招いてしまった。「セットバック」(サワー・マッシュの工程で新しいウイスキーに古いマッシュ(麦芽汁)の一部を添加すること)の量に関して生産の過程で失敗が生じ、ウイスキーの風味に悪影響を与えた。その失敗を蒸留所が修正する能力がなかった、もしくはする意思がなかったため、他のブランドへの顧客離れを生んだ。親会社のNational Distillersは1987年にジム・ビームに売却された。オールド・クロウのレシピと蒸留所は維持されることはなく、その後の商品はジム・ビームと同じマッシュ・ビルを用いた三年熟成のバーボンとなった[3]

著名なオールド・クロウの愛飲者

1909年12月31日付けニューヨーク・タイムズのオールド・クロウ・ライ・ウイスキーの広告。
Bud AndersonのP-51

Blackburn以外にも、多くのアメリカの政治家がオールド・クロウ好きを表明していた。アメリカの将軍でありのちに18代大統領となるユリシーズ・グラントはオールド・クロウの愛飲者だったと言われている[4]。グラントの飲酒に関する根拠のない話がきっかけで、将軍の批判者は大統領 エイブラハム・リンカーンのもとに向かい、この酔っぱらいの軍人を非難した。それに対しリンカーンはこう返したと考えられている。「ところで、みなさん、あなたたちのなかの誰でもいいから、グラント将軍がどこでウイスキーを手に入れているか教えてくれませんか? なぜなら、もしそれを知ったなら、すべての戦地にいる将軍にそのウイスキーの樽を送りたいからです!」[5]

南軍の将軍ジュバル・アーリーもまたオールド・クロウのファンだった。

オールド・クロウを好んだ有名な政治家としてほかに、ケンタッキー州ヘンリー・クレイが挙げられる[1]。彼はオールド・クロウの広告にものちに採用されている[6]

第二次世界大戦の「トリプルエース」であった Bud Andersonは彼のP-51をこのウイスキーにちなんで「オールド・クロウ」と名付け、ボンネットにOLD CROWの文字を入れていた[7]

大衆文化におけるオールド・クロウ

外部リンク

参考

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