カスタモヌ
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カスタモヌ | |
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地区 | |
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砦から見た町並み | |
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県内の区割り図 | |
| 北緯41度22分 東経33度46分 / 北緯41.367度 東経33.767度 | |
| 国 |
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| 地域 | 黒海地域 |
| 県 | カスタモヌ県 |
| 面積 | |
| • 地区 | 1,834 km2 |
| 標高 | 904 m |
| 人口 (2009年)[1] | |
| • 地区 | 102,059人 |
| • 密度 | 55.65人/km2 |
| • 都市部 | 86,085人 |
| 等時帯 | UTC+3 (極東ヨーロッパ時間) |
| 郵便番号 |
37xxx |
| 市外局番 | 366 |
| ナンバープレート | 37 |
| ウェブサイト | www.kastamonu.gov.tr |
カスタモヌ(トルコ語: Kastamonu)は、トルコの都市で、カスタモヌ県の県都。2000年の国勢調査時点で地区には10万2059人が住んでおり、うち6万4606人は中心街(2009年には8万6085人[2])に暮らしている[1][3]。地区の面積は1834平方kmで[4]、標高は904m。県南部に位置する。
市街から17kmほどいったカサバ村には、1366年のセルジューク朝時代に建てられたマフムト・ベイモスクという重要なモスクがある。トルコ国内で最も保存状態のよい木造モスクの一つとされており、扉には見事な木彫りの装飾が見られる。
この都市は紀元前18世紀に建設されたと信じられている。ローマ時代はティモニオン(Timonion)として知られていた。県内のタシュケプリにローマ人はパフラゴニア を築き、現代でもニンニクの生産で知られている。
バシレイオス2世から本領を受けたイサキオス1世コムネノスは、この地にKastra Komneniという要塞を築いた。地名はこの頃にカストラ・コムネノン(Kastra Komnenon)へと変わり、後にトルコ語でカスタモヌと呼ばれるようになった。
1925年8月23日、ケマル・アタテュルクはこの地から「ドレスコード革命」を起こした。同年、アタテュルクがこの地の共和人民党の建物で行った「帽子とドレスの革命」に関する演説は彼のスピーチのなかでもよく知られている。その建物は現在、考古博物館となっているが、カスタモヌでアタテュルクが使った物品も同じく展示されている。