軍に入隊するまでは、アリゾナ州のヒラリバー強制収容所に収容されていた。
1944年7月15日に、第442連隊戦闘団の二等軍曹の階級にあったオータニは、イタリアのピエーヴェ・ディ・サンタ・ルーチェ近郊で、自身の小隊が敵の機関銃と狙撃兵によって身動きが取れなくなっていた。1人の狙撃兵を殺害した後、オータニは小隊へ指示を出し、敵の砲火を自身へ仕向けさせ、何名かの仲間を避難場所へ着かせる隙を作った。そこから彼は攻撃に晒された場所で倒れた仲間の位置にまで這って進み、手当てを始めたが、その途中で敵の砲火によって戦死した。
これらの行為によって、当初は殊勲十字章が授与されていたが、1990年代になって全てのアジア系アメリカ人の殊勲十字章受賞歴を再調査したところ、名誉勲章に格上げされることとなった。2000年6月21日にホワイトハウスで執り行われた式典において、ビル・クリントン大統領からオータニの遺族に名誉勲章が贈呈された。
現在は、カリフォルニア州フレズノにあるVeterans Liberty Cemeteryに埋葬されている。