アメリーナ街道 (Via Amerina) はBaccanaeの近くでカッシア街道から分岐し、北に向かってファレリイ(英語版)、トーディ、ペルージャを通りクルシウム(英語版)で再びカッシア街道に合流している。ランゴバルドのスポレート公ファロアルド1世(英語版)の侵略によってフラミニア街道が分断され、ローマとラヴェンナの交通が絶たれた。アメリーナ街道はこのとき代替として整備されたもので、ローマ街道としては新しい。新たな軍隊のルートであり戦略的ルートとなったアメリーナ街道は「イタリア帝国の通信の中核となり、イタリア帝国はまだ現存しているという主張の主要な支えとなった」[1]