カディーブ・イスマイル
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| 基本情報 | |
|---|---|
| 建造所 | スコッツ造船 グリーノック造船所 |
| 経歴 | |
| 竣工 | 1922年10月 |
| 最後 | 1944年2月12日 沈没 |
| 要目 | |
| 総トン数 |
7,290トン(1922年)[1] 7,513トン(1940年)[2] |
| 登録長 | 128.9m |
| 型幅 | 17.1m |
| 深さ | 9.3m |
| 機関方式 | 蒸気タービン 4基2軸 |
| 出力 | 1,469馬力(NHP) |
カディーブ・イスマイル(SS Khedive Ismail、ケディブ・イスメイル[3])は、1922年竣工のエジプト王国の客船。第二次世界大戦中にイギリスの軍隊輸送船として使用されたが、1944年にインド洋で日本の潜水艦に撃沈されて約1300人の戦死者を出した。イギリス軍輸送船の死者数としては3番目に多い。元はチリ船籍で旧船名はアコンカグア(SS Aconcagua)。
本船は1922年8月にイギリスのグリーノックにあるスコッツ・シップビルディング・アンド・エンジニアリング・カンパニーの造船所で竣工した[1]。新造時の要目は、総トン数7,290トン、長さが422フィート8インチ(128.9m)、幅が56フィート2インチ(17.1m)、深さが30フィート4インチ(9.3m)である[1]。動力は蒸気タービン機関4基で、スクリュー2軸で推進した[1]。
本船は「アコンカグア」と命名され、チリの海運会社であるコンパニア・スド・アメリカーナ・デ・バポレス(CSAV)が当初の船主となり、バルパライソを船籍港とした[1]。その後、1932年に運航者はローデン・コナー・アンド・カンパニー(Lowden Conner and Company)に変わり、船籍港もイギリスのリヴァプールに移った[4]。
1935年にエジプト王国の副王立郵船及び乾ドック会社(Khedivial Mail Steamship and Graving Dock Company、後にファラオニック郵船に改組)に取得され、「カディーブ・イスマイル」と改名した[5]。船籍港はロンドンで、運航はアーネスト・ハミルトン卿の下で行われた[5]。
第二次世界大戦が勃発すると、1941年には「カディーブ・イスマイル」はイギリス本国の戦時運輸省に取得され、ブリティッシュ・インディア汽船会社の下で軍隊輸送船として運航されることになった[2]。そして、1944年2月12日、英領ケニアからセイロン島に向かう護送船団に加入してインド洋を航行中、後述のとおり、日本海軍の潜水艦「伊27」による雷撃を受けて沈没した。