カト・クン・リー

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リングネーム エル・バリエンテ
ラヨ・デ・オロ
エル・ジャガー
ジョニー・レスカーナ
カト・クン・リー
本名 ジョニー・レスカノ
ニックネーム 鉄拳戦士
空手忍者[1]
身長 172cm[2]
カト・クン・リー
プロフィール
リングネーム エル・バリエンテ
ラヨ・デ・オロ
エル・ジャガー
ジョニー・レスカーナ
カト・クン・リー
本名 ジョニー・レスカノ
ニックネーム 鉄拳戦士
空手忍者[1]
身長 172cm[2]
体重 86kg(全盛時)
誕生日 (1946-12-09) 1946年12月9日
死亡日 (2016-05-07) 2016年5月7日(69歳没)
出身地 パナマの旗 パナマ
パナマシティ
スポーツ歴 空手
トレーナー チャマコ・カストロ
デビュー 1964年
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カト・クン・リーKato Kung Lee1946年12月9日 - 2016年5月7日)は、パナマ覆面レスラー

息子のカト・クン・リー・ジュニアもプロレスラー[3]

パナマで空手の黒帯を取得、その格闘技経験を生かして1964年7月21日に「バリエンテ」の名でプロレスデビュー。1970年にメキシコ入りし映画『グリーン・ホーネット』でブルース・リーが演じた「加藤」とクンフーを捩り、1978年からカト・クン・リーを名乗る。

1984年からクン・フーブラックマンとのトリオタッグチーム「ロス・ファンタスティコス」として活躍。1986年11月28日に行われたコントラマッチでは、エル・イホ・デル・サントに敗れマスクを剥がれた。以後素顔で活動していたが、暫くの期間をおいて再び覆面を被っている。

1990年11月、ユニバーサル・プロレスリングのマットに登場、初来日を果たす。以後もみちのくプロレスSWSなどインディー団体を中心に来日を重ね、1999年、2000年には闘龍門MEXICOに出場。2000年代に入ってからはDEEPに参戦、50歳を過ぎてのMMAへの挑戦と注目を集めた。

2000年代後半に入ってからは、ほぼセミリタイア状態になっている。長年カトと交流があるイベントプロデューサーのロッシー小川の弁では、カトは何らかの病気を患っているようで「最近体調が良くない」と漏らしていたという。

2016年5月7日、心臓発作で死去。

得意技

タイトル歴

脚注

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