カナダAM
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『カナダAM(Canada AM)』は、カナダ・CTVで1972年から2016年まで放送されていた朝のニュース番組。末期のホストはビバリー・トムソンとマルシ・イエンで、ジェフ・ハッチソンが天気予報とスポーツを担当した。平日に放送され、トロント・スカーバローの9 チャンネル・ナイン・コートにあるCTVの施設で制作されていた。
この番組は、カナダ東部のCTV傘下のローカル直営局(O&O)と、ロイドミンスターの提携局CITL-DTに加え、ニューファンドランド・ラブラドール州セントジョンズの独立局CJON-DT(NTV)、そして24時間全国ニュースサービス「CTVニュースチャンネル」でも放送された。2011年8月29日にCTVが独自のローカル朝ニュース番組『CTVモーニングライブ』を開始するまで、カナダ西部の同ネットワーク傘下のO&Oでも放送されていた。
歴史
1966年にCTVが初めて朝の番組に挑戦した『Bright and Early(ブライト・アンド・アーリー)』が開始されたが、翌年打ち切られた[1]。司会者の中には、後に連邦自由党の閣僚となるジム・フレミングがおり、ニュースヘッドラインを担当していた[2]。
バンクーバーのCTV提携局CHAN-TVの社長、レイ・ピーターズ(Ray Peters)はNBCの『トゥデイ・ショー』の熱心な視聴者であり、アメリカのネットワークに対抗するため、CTVに朝番組の復活を働きかけた[3]。ピーターズは当初、番組をバンクーバーで制作するつもりだったが、CFTO-TVのオーナーであるジョン・W・H・バセットを招聘するため、トロントを拠点とする制作に同意した[3]。この90分番組は、1972年9月11日に『Canada AM(カナダAM)』のタイトルでスタートし、キャロル・テイラーとパーシー・サルツマンがホストを務め[4][5]、デニス・マッキントッシュがニュースリーダーを務めた[1]。テイラーは1973年に夕方のニュースマガジンシリーズ『W5』のホストに就任するため番組を降板し、エレイン・カレイが後任となった。しかし、カレイは数ヶ月以内に降板し、ヘレン・ハッチンソン[6]が後任となり、『W5』共同ホストと並行して務めた時期もあった。1975年に、長年務めたノーム・ペリーが加わり、1990年まで番組に在籍し、史上最長の共同ホストとなった[7]。
2008年以前
1990年代から2000年代にかけて、一貫して2時間半の放送時間で、現地時間6:30〜9:00まで放送されていた。殆どの加盟局は、前日深夜のローカルニュースを6:00に再放送していた。東部標準時向けに生放送されているため、カナダ大西洋岸では、大西洋時間7:30〜10:00、ニューファンドランド時間8:00〜10:30までの枠に「遅れて」放送されていた。
最初の30分間は通常、ニュースヘッドライン、スポーツ、天気予報の要約で、その後にビジネス・ニュース・ネットワーク制作の長編ビジネスニュースが放送された。6:30からの30分間は、数年間にわたり『AM Business(AMビジネス)』という名の半独立番組として放送されていた。7:00以降は、アメリカの放送局に近い形式となった。CTV提携局として最終シーズンのバンクーバーのCHAN-TV(放送では「BCTV」として知られていた)では、最初の30分間を自社の朝のニュース番組に差し替え、最終的には『カナダAM』の残りの部分を1時間遅らせて、8:00〜10:00まで放送した(後述する追加時間は放送されなかった)。
番組では、各局毎にローカルアンカーが担当するニュース更新のためのオプトアウト枠が、30分毎に設けられていた。ネットワーク側は、オプトアウトを実施しない放送局やCTVニュースチャンネル向けに、常に代替となる全国版コーナーを制作していた。
2000年秋、CTVはNBCの『トゥデイ』拡大に追随し、9:00〜10:00まで、O&Oと一部の提携局で放送される1時間枠を追加することを決定した。この枠には「コーヒー・トーク(coffee talk)」コーナーやその他のライフスタイル特集が含まれた。その結果、CTVは最近改名された『ライブ・ウィズ・レジス・アンド・ケリー』の放送を打ち切った。『ライブ』はアメリカ国内で引き続き高い視聴率を獲得していたため、CTVは2001年秋に同番組を再開し、殆どの地域で「コーヒー・トーク」の時間を10:00まで延長し、シーズン後半には最後の1時間を完全に廃止した。
1990年代初頭から中頃にかけて、1時間の週末版も放送していたが、基本的にその週のレギュラー放送の「ベスト・オブ(best-of)」パッケージだった。もう一つの週末番組『グッド・モーニング・カナダ』は2000年代初頭に開始されたが、こちらもローカル局の番組を事前収録したもので、2009年に打ち切られた。
2008年1月28日に番組の形式が変更され、東部時間平日6:00〜12:00までの6時間生放送に拡大された[8]。全国のCTV加盟局は、現地時間6:00〜9:00(大西洋時間7:00〜10:00、ニューファンドランド時間7:30〜10:30)まで番組を生放送し、CTV Newsnetでは6時間生放送の全編が放送された。東部時間6:00〜6:30までは『Early Edition(アーリー・エディション)』として、当初は東部、大西洋、ニューファンドランド標準時でのみ放送されていたが、CTV Newsnetでも引き続き放送されていた。
この形式変更は、カナダ西部のCIVT(CTV British Colombia)から、バンクーバーのホストのミジョン・リーと気象キャスターのレナ・ヒア、トロントのニュースアンカーのオマール・サチェディナからなる第2オンエアチームが加わったことを特徴としている。東部から西部の司会者チームへの移行は、太平洋時間7:00(東部時間10:00)に行われた。つまり、アルバータ州、ブリティッシュコロンビア州、サスカチュワン州の一部の視聴者のみが、CTVローカル局で西部チームを視聴できたが、その他ではCTV Newsnetやケーブルテレビ事業者が放送する市場外のCTV加盟局で西部チームを視聴できた。
2008年6月6日、バンクーバーのCKNWが『カナダAM』バンクーバー版の放送打ち切りを報じた。同日、ミジョン・リーとレナ・ヒアの経歴が番組ウェブサイトから削除された。CTVは、番組を当初の放送形式に戻すと発表した(追加の6:00~6:30までの30分枠も継続された)。これは、カナダ西部の視聴者からかつての放送形式を好むというフィードバックを受けた決定であると述べた[9]。
その数週間前、CTVは毎時00分と30分に放送されていた追加のローカルニュース枠を廃止し、ローカルニュースの更新を毎時25分と55分のみに戻した。
西部版の打ち切り後も、CTVは2008年9月まで東部時間9時台の制作を続けた。この3ヶ月間、CTV Newsnetは、打ち切りとなった西部版の代替として、東部時間6:00〜10:00(太平洋時間3:00〜7:00)までの4時間の『カナダAM』と、東部時間10:00〜12:00までの2時間の自社ニュース番組を放送した。CTV British Columbiaも、当初のローカルニュース番組に戻った(2009年3月に打ち切りとなった)。
東部時間9時台の放送は、タイムゾーンによって本放送ネットワークでの扱いが異なっていた。
- 東部、大西洋、ニューファンドランド標準時の視聴者は、東部時間9時台版がケーブル放送でのみ視聴可能だったため、編成上の違いに特に感じることはなかった。
- 太平洋時間帯の視聴者は、東部版の2時間目・3時間目を視聴することができたが、1時間目は太平洋時間6:00(東部時間9:00)に放送される生放送の東部時間9時台版に差し替えられた。なお、東部版の1時間目は、太平洋時間3:00〜4:00までCTV Newsnetでのみ視聴可能であった。
東部時間9時台の放送が打ち切られた後、CTV Newsnet(後にCTVニュースチャンネルに改名)は、マルシ・イエンが司会を務める独自のニュース番組を1時間追加で放送し始めた。それ以降、番組は6:00からの『Early Edition』を含め、全てのタイムゾーンで放送が継続された。
2009年〜2016年
2009年3月、CTVはローカル局におけるコスト削減のため、殆どの市場でローカル向けのオプトアウト方式によるニュース更新の制作を停止した[10]。例外は、CFTO(CTV Toronto)(『カナダAM』を制作)とCTV Atlantic(姉妹局であるCTV Two Atlanticの朝番組で既に配置されているスタッフを再利用)の2局である。また、民間提携局であるNTVも、ローカルニュース更新のためのオプトアウトを引き続き活用している。
2011年にベル・カナダがCTVを再買収したことを受けて、CTVの新たな所有者であるベル・メディアは、同年秋からウィニペグ、レジャイナ、サスカトゥーン、エドモントン、カルガリー、バンクーバーの各局で制作される、完全ローカル編成の新しい朝のニュース番組(『CTVモーニングライブ』)を開始すると発表した[11](後者の3市場では、この時点で既にグローバル加盟局の朝のローカルニュース番組が、『カナダAM』よりも高い視聴率を獲得しているのが一般的であった)。その結果、『カナダAM』はカナダ西部にあるCTVの直営局では放送されなくなり、以後はCTVニュースチャンネル、またはロイドミンスターやカナダ東部にある域外のCTV加盟局を通じてのみ視聴可能となった[12]。
新番組は、ベル・メディア傘下でカナダ東部で制作されている既存の朝のローカル番組(トロントでは『CP24ブレックファスト』、オタワおよびカナダ大西洋州では『CTVモーニングライブ』)を補完するものである。しかし、これらの既存番組は、それぞれの市場のCTV加盟局で放送されている『カナダAM』に取って代わるものではなく、共同所有のローカル局(それぞれCP24、CTV Two Ottawa、CTV Two Atlantic)で放送され、全国放送の番組と競合した。
2011年11月24日にシェイマス・オレガンが番組を降板し、『CTVナショナルニュース』の記者に就任した。2012年1月9日にマルシ・イエンが産休から復帰し、共同ホストに就任した。イエンの以前のニュースリーダーの後任は指名されず、30分毎にニュースのヘッドラインを読み上げる役割はトムソンとイエンが交代で担当した。
2016年6月2日、CTVは44年近く放送を続けてきた『カナダAM』を終了し、翌日に最終回を放送すると発表した。翌週月曜日の同年6月6日には、後継の新番組『ユア・モーニング(Your Morning)』が発表された。2016年8月22日の初回放送以来、アン=マリー・メディウェイクとベン・マルルーニーがホストを務めている[13]。
イエンは、トレイシー・メルチョーが休職した後すぐに代理の共同ホストとして『ザ・ソーシャル』に加わり、2017年に同番組の常任共同ホストとなり、2020年までその職を務めた[14]。一方、ビバリー・トムソンはCTVニュースチャンネルの記者となった。ジェフ・ハッチソンは既に引退の意向を発表していた[15]。
テーマ音楽
1970年代から1980年代にかけて数年間、テーマ曲はムーディー・ブルースの「Ride My See-Saw」のインストゥルメンタル版で、ロニー・アルドリッチとロンドン祝祭管弦楽団によって録音された。1980年代半ばまで「Ride My See-Saw」は番組テーマ曲として残ったが、アルドリッチによるものではなくオーケストラ版が使用された。同時期に、CTVのニュースマガジンシリーズ『W5』では、スーパートランプの「Fool's Overture」が使用されていた。
出演者
ホスト
- パーシー・サルツマン、キャロル・テイラー:1972年 - 1973年[16]
- パーシー・サルツマン、エレイン・カレイ:1973年 - 1973年[16][17]
- パーシー・サルツマン、ヘレン・ハッチンソン:1973年 - 1974年[16][17]
- ピエール・パスコー、ヘレン・ハッチンソン:1974年 - 1975年[16][17]
- ノーム・ペリー、ヘレン・ハッチンソン:1975年 - 1978年[18]
- ノーム・ペリー、ゲイル・スコット:1978年 - 1981年[18]
- ノーム・ペリー、パメラ・ウォーリン: 1981年 - 1985年[18]
- ノーム・ペリー、リンダ・マクレナン: 1985年 - 1987年[18]
- ノーム・ペリー、ナンシー・ウィルソン:1987年 - 1989年[18]
- ノーム・ペリー、デボラ・マクレガー:1989年 - 1990年[18]
- J・D・ロバーツ、デボラ・マクレガー:1990年 - 1991年[18]
- J・D・ロバーツ、パメラ・ウォーリン:1991年 - 1992年[18]
- キース・モリソン、パメラ・ウォーリン:1992年 - 1992年[18]
- キース・モリソン、ヴァレリー・プリングル:1992年 - 1994年[18]
- ダン・マセソン、ヴァレリー・プリングル:1995年 - 2001年[18]
- リサ・ラフラム、ロッド・ブラック:2001年 - 2002年[18]
- リサ・ラフラム、 シーマス・オレガン:2002年 - 2003年[18]
- シーマス・オレガン、ビバリー・トムソン:2003年 - 2011年[18]
- ビバリー・トムソン、マルシ・イエン:2011年 - 2016年[18]