カビネ・コマラ
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| カビネ・コマラ | |
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2011年の写真 | |
| 任期 2008年12月 – 2010年1月26日 | |
| 大統領 | ムサ・ダディス・カマラ セクバ・コナテ (代理) |
| 前任者 | アフメド・ティジャンヌ・スアレ |
| 後任者 | ジャン・マリー・ドレ |
| 個人情報 | |
| 生誕 | 1950年3月8日(75歳) |
| 政党 | 無所属 |
| 出身校 | HECパリ コロラド大学ボルダー校 カイロ・アメリカン大学 |
カビネ・コマラ[1](Kabiné Komara、1950年3月8日 - [2][3])は、ギニアの政治家。2008年12月30日から2010年1月26日まで首相を務めた。2008年末までエジプトのカイロにあるアフリカ輸出入銀行の取締役だったコマラは、12月30日の政府のラジオ放送で新首相に就任したと発表された[4]。
ギニア北部内陸部のマニンカ家に生まれ[7]、首都コナクリで教育を受ける。1973年、コナクリにある行政高等学校で経営学の学位を取得。その後、パリ高等事務学院(ISA)、コロラド大学、カイロ・アメリカン大学に入学。1975年にチューリッヒのクレディ・スイスで銀行員としてのキャリアをスタート[1]。実業界と官界で頭角を現し、1990年にギニアCTRN評議会の経済計画・協力担当理事に任命された[7]。また、ギニア・ボーキサイト会社(CBG)の人事部次長[8]、ギニア・アルミナ会社(ACG-Fria)のフリア・アルミニウム工場長も務めた。『ジューヌ アフリーク』は、その間にコンテ大統領と不仲になったと報じている[9]。1995年から2008年まで[10]、カイロにあるアフリカ輸出入銀行(Afreximbank)で、アフリカ諸国間の貿易を改善するためのプロジェクトおよび管理サービス担当シニア・ディレクターを務めた[11]。
私生活面では、『アフリカン・プレス・エージェンシー』によると既婚で6児の父である[12]。
2007年のストライキ
2007年のギニアにおけるゼネストの際、野党の労働組合指導部は、コマラを4人の首相候補のうちの1人として指名した。コマラがこの地位を目的とし選挙運動を行っていたという形跡はないが、後に野党に感謝する公開書簡を発表している。一方国際的なメディアからはコマラを「政治に無関心なテクノクラート」と評していた[13][14]。