16世紀にはポルトガル人が来航したことは判明している。19世紀にはオスマン帝国が紅海沿岸に勢力を伸ばし、カマラン島もその勢力下に入っている。オスマン帝国はメッカ巡礼者の検疫所として島を用いている。
第一次世界大戦中の1915年6月にイギリス軍はアデンから兵力を派遣し、当地を勢力下においた。正式な領有は宣言されなかったものの、ローザンヌ条約での異議がでなかったこともあり、アデン植民地に統合はされなかったものの、一体として統治が続けられた[1]。
1967年11月30日に南イエメンがイギリスから独立すると、カマラン島も南イエメン領になったが、南イエメンから離れ、北イエメンの沿岸部にある島であったこともあり、1972年に北イエメンが侵攻し占領した。1990年にはイエメンの統一により、イエメン領となっている。