カラシュマ語
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最初の(そして現時点で唯一の)カラシュマ語の資料は、2023年にユリウス・マクシミリアン大学ヴュルツブルクの研究者たちによるハットゥシャ(ボアズキョイ)の発掘調査で発見され、 KBo 71.145 という番号が振られた[2][3]。この粘土板は、 紀元前13世紀のヒッタイト語楔形文字で書かれたもので[2]、ヒッタイト王国臣民や近隣の民族が行った儀式を記録したヒッタイト語文書のうちの一つである[1]。この文書の本文は「カラシュマの言語」(URUka-la-aš-mi-<li>[注釈 1])で書かれていると、ヒッタイト語の序文に記されている[2]。
カラシュマ語はダニエル・シュヴェマー(Daniel Schwemer)の "Keilschrifttexte aus Boghazköi (ボアズキョイ出土の楔形文字文書)" の第71巻によって解読され[4]、フィリップ大学マールブルクのエリザベート・リーケン(Elisabeth Rieken)によってインド・ヨーロッパ語族のアナトリア語派に属すると確認された。この言語がアナトリア語派内のどの言語と近縁であるかは不明なものの、ルウィ語群に属するという仮説が立てられている[5][6]。
系統関係について
カラシュマ語がアナトリア語派のルウィ語群に属するという仮定は、次の根拠に基づく[3]。
- カラシュマ語の1人称複数現在能動態の語尾 -un(n)i とルウィ語 -unni ヒッタイト語 -weni の類似[7]。
- カラシュマ語の単数の与格-位格語尾 -iya と šiu- 「神」はヒッタイト語の -iya と šiu- を想起させるが、mūš- 「自分自身を満足させる」はパラー語と共通し、音変化 *sḱ > zk はカラシュマ語とパラー語の間にのみ見られる等語線を示す。
- 代名詞の中性単数主格-対格の語尾 -d が名詞語幹にも一般化された。この特徴は紀元前一千年紀のリュディア語にのみ見られる。
カラシュマ語がアナトリア言語圏の中心部の北方に位置しながら、その東縁と西縁の中間地点にあるということは、紀元前二千年紀のアナトリアの周辺言語と交流を行い、等語線を共有していたという仮説と一致する[3]。
上記の詳細な分析については、2024年11月に出版されたエリザベート・リーケン、イリヤ・ヤクボビッチ、 ダニエル・シュヴェマーの共著論文に詳しい[7]。