カルロス・グレーテ
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ウルグアイの首都、モンテビデオでドイツ人商人の息子に生まれた。5歳の時からドイツのハンブルクで育ち、商売を学んだ後、ハンブルクの工芸学校のパウル・デュフケ(Paul Düyffcke: 1847-1910)などから装飾美術を学んだ。1882年から1884年までテオドール・ポーク(Theodor Poeckh)やエルンスト・シュルト(Ernst Schurth)、カール・ホフ(Karl Hoff)らに学び、1889年から1890年の間はカールスルーエ美術アカデミーで学んだ。1884年から1886年にはパリの美術学校、アカデミー・ジュリアンでも学び、1888年から8か月間はメキシコへの船旅をし、後に描いた海の風景などの絵画に航海の経験は役立ったとされる。
1890年からカールスルーエの工芸学校で教えた。1894年からミュンヘン分離派のメンバーとなった。1899年から亡くなる1913年まで、シュトゥットガルトの王立美術アカデミーで教えた。
1890年代からドイツ、デンマーク、スウェーデン、イタリア、ベルギーの海岸の街へ旅し、風景画やハンブルク港の造船所や造船所の労働者、船や漁師たちなどを題材描いた。
1913年にベルギーの港町ニーウポールトで亡くなった。シュトゥットガルトの住宅団地(Kochenhofsiedlung)にグレーテの名をつけた道が作られた[1]。