カルロス・テオ・クルス
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| 基本情報 | |
|---|---|
| 本名 | Carlos Teófilo Rosario Cruz |
| 階級 | ライト級 |
| 身長 | 169cm |
| リーチ | 173cm |
| 国籍 |
|
| 誕生日 | 1937年11月24日 |
| 出身地 | サンティアゴ州サンティアゴ・デ・ロス・カバリェロス |
| 死没日 | 1970年2月15日(32歳没) |
| スタイル | オーソドックス |
| プロボクシング戦績 | |
| 総試合数 | 58 |
| 勝ち | 43 |
| KO勝ち | 14 |
| 敗け | 13 |
| 引き分け | 2 |
| 無効試合 | 0 |
カルロス・テオフォロ・ロザリオ・クルス(Carlos Teófilo Rosario Cruz、1937年11月24日 - 1970年2月15日)は、ドミニカ共和国の元プロボクサー。サンティアゴ州サンティアゴ・デ・ロス・カバリェロス出身。元WBA・WBC世界ライト級統一王者。名王者カルロス・オルチスを破り王座を獲得したことで知られる。
1959年10月23日、プロデビュー。デビュー戦は判定負けで黒星からのデビューとなった。キャリア前半は勝ったり負けたりを繰り返す平凡なボクサーだったが、1964年からは頭角を現し世界ランク入りを果たす。
1968年6月29日、名王者カルロス・オルチスの持つWBA・WBC世界ライト級タイトルに挑戦し、オルチスをポイントアウトして15回判定勝ち。番狂わせで世界王座を獲得し、一躍国の英雄となった。
1968年9月27日、早熟の天才マンド・ラモスを退け初防衛に成功。しかし翌1969年2月18日、ラモスに11回TKO負けで王座を明け渡した。
その後、王座返り咲きを目指して4連勝を収めるなど順調に再起していたが、1970年2月15日、搭乗したドミニカーナ航空の603便の墜落事故に巻き込まれ、一緒にのっていた妻と子供2人と共に帰らぬ人となった[1]。
獲得タイトル
- WBA世界ライト級王座(防衛1度)
- WBC世界ライト級王座(防衛1度)