カンポフォルミド
コムーネ
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カンポフォルミド(伊: Campoformido; フリウリ語: Cjampfuarmit[5])は、イタリア共和国フリウリ=ヴェネツィア・ジュリア州ウーディネ県にある、人口約7,900人の基礎自治体(コムーネ)。
| カンポフォルミド Campoformido | |
|---|---|
| 行政 | |
| 国 |
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| 州 |
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| 県/大都市 |
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| CAP(郵便番号) | 33030 |
| 市外局番 | 0432 |
| ISTATコード | 030016 |
| 識別コード | B536 |
| 分離集落 | Basaldella, Bressa, Villa Primavera[1] |
| 隣接コムーネ | #隣接コムーネ参照 |
| 公式サイト | リンク |
| 人口 | |
| 人口 | 7859 人 (2023-01-01 [2]) |
| 人口密度 | 357.4 人/km2 |
| 文化 | |
| 住民の呼称 | campoformidesi |
| 守護聖人 | 蝋燭の聖母(Madonna della Candelora) |
| 祝祭日 | 2月2日 |
| 地理 | |
| 座標 | 北緯46度01分 東経13度10分 |
| 標高 | 79 (69 - 102) [3] m |
| 面積 | 21.99 [4] km2 |
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ウーディネの南西約8kmに所在するこの町は、古くはカンポ・フォルミオ(Campo Formio)の名で呼ばれ、1797年にフランス革命政府とオーストリアとの間で「カンポ・フォルミオ条約」が締結された場所として知られる。
地理
位置・広がり
ウーディネ県南部のコムーネで、ウーディネ市の南西に隣接する。カンポフォルミドの集落は、県都ウーディネの南西約8km、ポルデノーネの東約40km、州都トリエステの北西約63km、ヴェネツィアの北東約92kmに位置する[6]。
隣接コムーネ
隣接するコムーネは以下の通り。
- パジアーン・ディ・プラート - 北
- ウーディネ - 北東
- ポッツオーロ・デル・フリウーリ - 南
- バジリアーノ - 西
気候分類・地震分類
カンポフォルミドにおけるイタリアの気候分類 (it) および度日は、zona E, 2262 GGである[7]。 また、イタリアの地震リスク階級 (it) では、zona 2 (sismicità media) に分類される[8]。
集落
市域東部に位置する分離集落 Basaldella と Villa Primavera は、ウーディネから市街地が連続している。市域北部には分離集落Bressa がある。
歴史
12世紀以降、フリウーリの議会 (it:Parlamento del Friuli) は、しばしばこの地でも開かれた。フリウーリ総大司教領 (it:Patriarcato di Aquileia) の軍隊の閲兵の場でもあった。
1797年10月18日、「カンポ・フォルミオ」の名で呼ばれていた当地において、フランス革命戦争におけるフランス革命政府とオーストリアとの講和条約(カンポ・フォルミオ条約)の調印が行われた。この地が選ばれたのは、フランスのイタリア派遣軍司令官ナポレオン・ボナパルトが滞在していたパッシリアーノ(コドローイポ郊外)と、オーストリア軍の本営のあったウーディネの中間であったことによる。カンポ・フォルミオ条約により、ヴェネツィア共和国の歴史は終焉を迎え、ヴェネト地方をはじめとする北イタリアの領土はオーストリアに割譲された。
1914年に軍用飛行場(現在のウーディネ=カンポフォルミド空港)が建設される。1930年にイタリア空軍で最初の曲技飛行隊が発足した。曲技飛行隊はのちの「フレッチェ・トリコローリ」の源流である(第二次世界大戦後に設立されたフレッチェ・トリコローリは、コドローイポ郊外のリヴォルト空軍基地 (Rivolto Air Force Base) を本拠とする)。2008年まではイタリア陸軍第5航空師団「リゲル」(5° Reggimento Aviazione dell'Esercito "Rigel")が駐屯していた。
人口
人口推移

交通
道路
- 国道
A23が市域東部を通過する。
空港
- ウーディネ=カンポフォルミド空港 (it:Aeroporto di Udine-Campoformido)
ウーディネ=カンポフォルミド空港は、観光用に用いられている民間空港である。もともとは1914年に軍用飛行場として建設されたもので、その大部分が民間空港に転用された後も、2008年までは軍用飛行場としての機能があった。
