カーティーンの戦い From Wikipedia, the free encyclopedia カーティーンの戦いとは、東ローマ帝国と同盟を結んでいたガッサーン朝(英語版、アラビア語版)[1]と正統カリフの軍隊との間で起きた、シリアでの小規模な戦闘のことである。634年6月にこの戦闘は起きた。正統カリフの軍隊を指揮したのは、ハーリド・イブン=アル=ワリードであった。 ハーリド・イブン=アル=ワリードは、パルミラを占領したあと、シリアの都市カーティーンへ進軍を開始した。カーティーンは、勃興したイスラーム勢力への抵抗を続けていた都市であった。 ガッサーン朝の軍隊の数ははっきりと分からないが、この戦いで、9000を率いたイスラームの軍隊は、ガッサーン朝の軍隊を撃破し、シリア進出への橋頭堡を築くこととなった。 脚注 ↑ 『ガッサーン朝』 - コトバンク 参考文献 A.I. Akram, The Sword of Allah: Khalid bin al-Waleed, His Life and Campaigns, Nat. Publishing. House, Rawalpindi (1970) ISBN 0-7101-0104-X. 関連項目 アラブ・東ローマ戦争 外部リンク A.I. Akram, The Sword of Allah: Khalid bin al-Waleed, His Life and Campaigns Lahore, 1969 この項目は、イスラームに関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(ウィキポータル イスラーム/PJ イスラーム)。表示編集 Related Articles