カートゥーンズ
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| カートゥーンズ | |
|---|---|
| 別名 |
カートゥーンズDK ザ・スクーターズ(1980年後半 - 1997年) |
| 出身地 |
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| ジャンル | ユーロダンス |
| 活動期間 |
1997年 - 2001年 2005年 – 2006年 2018年 - |
| レーベル | |
| 公式サイト |
cartoons-world |
| メンバー |
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| 旧メンバー |
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カートゥーンズ(Cartoons)は、デンマークのユーロダンスバンド。同国のバンドであることからカートゥーンズDK(Cartoons DK)とも表記される。
1980年代後半にザ・スクーターズ(The Scooters)というグループ名で結成され、1950年代と1960年代のロカビリー音楽を演奏していた[1]。ザ・スクーターズは1994年にアルバム『ライブ・アット・ウッドストック』をリリースした[2]。1997年、グループ名をカートゥーンズ(Cartoons)に改名し、ロックンロールとユーロダンスをミックスしたグループ独自の表現であるテクノビリー音楽を作り始めた[1]。
最も成功したシングルは「ウィッチ・ドクター」(1958年にロス・バグダサリアンがデヴィッド・セヴィル名義でリリースしたノベルティソングのカバー)で、全英シングルチャートで2位を記録した[3]。1999年にはデンマーク・ミュージック・アワードで「デンマーク・アップフロント・ダンス・リリース・オブ・ザ・イヤー」を受賞し、2000年には同アワードで「輸出賞」も受賞した。イギリスでさらなる成功を収め、トップ10ヒットとなった「ドゥーダー!」(アメリカのフォークソング「草競馬」のカバー)、ジム・デイビッドソンのアルバム『ジェネレーションゲーム』で演奏したトップ20ヒット「エイジー・ウェイジー」、そしてトップ20入りを果たしたミュージックアルバム『トゥーンエイジ』(後に収録曲を増やした『モア・トゥーンエイジ』[4])をリリースした。
セカンドアルバム『トゥーンタスティック!』はデビューアルバムほどの成功は収めなかったものの、「ディドリー・ディー」、「ビッグ・ココナッツ」、そしてレス・ハンフリーズ・シンガーズの楽曲をリメイクした「ママ・ルー」といった曲が収録されている[5]。
ジェスパー・スポンジ・デュクホルトによると、バンドは2001年にアメリカでの公演のオファーを受けたが、ツアー開始の2週間前だった2001年9月11日にアルカーイダのテロリストがワールドトレードセンターを襲撃したという(アメリカ同時多発テロ事件)[6]。スポンジは「俺たちは顔を見合わせて、『よし、カートポールのサインが来た。さあ、終わりだ』と言ったんだ」とB.T.誌にバンド解散の理由を語っている[6]。解散から数年後の2005年、バンドはコンピレーションアルバム『グレイテスト・トゥーンズ!』[7]のリリースに合わせて短期間ではあるが再結成した[6]。
バンドが再結成し、2018年にVi Elsker 90'erneフェスティバルでコンサートを行うまでには、10年以上の歳月が経っていた[6]。2019年には、ワーナー・ミュージックとX5からコンピレーションアルバム『デ・ベステ』がリリースされた。2023年にはシングル『ショット』と『デューダー2k23』がリリースされ、後者はイタリアのグループであるマルネージとのコラボレーション作品となった。
メンバー
メンバーは、コミックのテーマに合った芸名を使用している。
| アーティスト名 | オリジナルメンバー | 現在のメンバー | 担当 |
|---|---|---|---|
| トゥーニー | マルティン・オステンガード | ピーター・アスフェルグ・ベルンハルト | リードボーカル、バッキングボーカル |
| スポンジ | ジェスパー・デュクホルト | サックス、キーボード、ベースボーカル | |
| シューター | アーリング・ジェンセン | カールステン・アルント・ラーション | リードギター、バッキングボーカル |
| バズ | デイブ・スティーブンス | トーマス・レネ・クラウセン | コントラバス、バッキングボーカル |
| パディ | ナターシャ・スコフ | ソフィー・ラーストラップ | バッキングボーカル |
| ブープ | カリーナ・ジェンセン | イネス・ブキッチ | バッキングボーカル |
2018年にバンドが再結成されてからは、ジェスパー・デュクホルトがグループとして唯一のオリジナルメンバーとなった。メンバーのうち、カリーナ・ジェンセンは2016年7月に死去(2012年に癌と診断)し[8]、アーリング・ジェンセンも2019年4月に50歳で死去しており[9]、残りのメンバーはグループを脱退した[10]。