カール・ウーズ

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ウーズはニューヨークのシラキュースにて1928年、7月15日に誕生した。彼の家族はドイツ系アメリカ人であった。1950年、ウーズはアマースト大学数学物理学の学士を取得する。アマースト大学での彼は、生物学は1科目(後には生化学を専攻する)のみを取得しており、アマースト大学で物理学を研究していたウィリアム・M・フェアバンクからエール大学生物物理学を研究するというアドバイスを受けるまで、植物や動物に対して何の興味も抱いていなかった。

1953年、彼はエール大学で生物物理学の博士号を取得した。当時の博士課程の研究は放射線と熱によってウイルスを不活化させることについてだった。その後、二年間医学をロチェスター大学にて学ぶ。そして彼は生物物理学の博士研究員としてエール大学で細菌の芽胞について研究した。1960年から1963年にかけて、彼は生物物理学者としてGeneral Electric Research Laboratoryにて勤務していた。1964年、ウーズがアーキアやゲノミクス、分子進化を自分の専門科目として着目していた時、、イリノイ大学アーバナ・シャンペーン校の微生物学の教授となる。

rRNAによる系統学の分岐図

リボソームRNArRNA)による生物分類学の先駆者であり、1977年RNAワールド仮説を考案している(RNAワールドという呼び方はギルバートによる)。彼は、遺伝子の類似点から生物を23のに分け分岐図を描き、細菌古細菌真核生物の3つを比べ、古細菌は細菌でも真核生物でもないと考えた。それまでは生物の分類には、形態などの物理的分類、代謝などの化学的分類が主であり、遺伝子による分類は生物学細菌学では用いられておらず、旧来の方法とは全く異なる新しい手法であった。この理論はサルバドール・エドワード・ルリアエルンスト・マイヤーらに代表される生物学者たちから激しい反発を招き、受容に時間を要した[1]

2006年にはロンドン王立協会の国外メンバーに選出された。

Pyrococcus woeseiMethanobrevibacterium woeseiConexibacter woeseiなどの微生物は、彼に献名されたものである。

2012年12月30日、イリノイ州アーバナの自宅で死去[2]84歳没

受賞歴

出典

関連項目

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