カール・ヴィルヘルム・ラブス
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サンクトペテルブルクで生まれた。父親は神父であったがラブスが7歳のときに亡くなった。1810年に10歳のラブスは帝国芸術アカデミーに生徒として送られ、1821年まで学び、1821年に風景画で芸術アカデミーからメダルを受賞し、卒業資格を得た[2]。
小ロシアで活動した後、クリミア半島に移り、多くの風景画を描き、1827年に美術アカデミーの正会員に選ばれた。その後、オデッサとコンスタンティノープルも訪れた[3]。
1835年にモスクワに移り、美術教師として働き始め、建築学校で遠近法を教え、土地測量研究所でも遠近法を教え、絵画の歴史や、絵の具の理論なども教えた。1844年からはモスクワの工芸学校(ストロガノフ芸術工芸学校)やモスクワ絵画・彫刻・建築学校で教えた[2]。ラブスが教えた学生にはアレクセイ・サヴラソフらがいる。
1857年にモスクワで亡くなった。