第一次ポエニ戦争開始から6年目にあたる紀元前259年、ルキウス・コルネリウス・スキピオと共に執政官に選出された。フロルスはシケリア(シチリア)に渡り、秋から冬にかけてカルタゴの将軍ハミルカルの動きを牽制した。翌年にもプロコンスルとして引き続き軍を指揮した。
その年に、カルタゴの拠点であるミティストゥラトゥム(現在のミストレッタ)を包囲した。ミティストゥラトゥムは既に大きな損害を受けていたが、執政官アウルス・アティリウス・カラティヌスの率いる軍団も加わり、7ヶ月の包囲戦の後に陥落した。住民は殺害されるか、あるいは奴隷とされた。
この勝利のために、フロルスは紀元前258年10月5日に凱旋式を実施する栄誉を得ている。