ガイウス・ファビウス・アンブストゥス
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経歴
紀元前358年に執政官に就任、同僚執政官はプレブス(平民)のガイウス・プラウティウス・プロクルスであった[4]。前年の執政官マルクス・ポピッリウス・ラエナスとグナエウス・マンリウス・カピトリヌス・インペリオススは、ローマに奇襲をかけてきたティブル軍を撃退している。さらに前年執政官の任期の終わり頃には、タルクィニイ軍がエトルリアとの国境近くのローマ領土に侵攻した。新たに執政官となったアンブストゥスとプロクルスはタルクィニイに宣戦を布告した。プロクルスはヘルニキに対する作戦を担当し、アンブストゥスはタルクィニイを攻撃した。
しかし、ガリア軍が接近中で、すでにプラエネステ(現在のパレストリーナ)に達しており、さらにはペドゥムに向かったとの噂が流れた。このため、ガイウス・スルピキウス・ペティクスが独裁官(ディクタトル)に任命され、マルクス・ウァレリウス・ポプリコラがマギステル・エクィトゥム(騎兵長官)に指名された。アンブストゥスも引き続き軍の指揮を執ることとなったが、堅実な指揮官であることは証明できなかった。