ガリーナ・ウラノワ
From Wikipedia, the free encyclopedia
ガリーナは、ペトログラード(サンクトペテルブルクの旧名)でロシア帝室バレエ(現在のマリインスキー・バレエ)のバレリーナだった母親と、アグリッピナ・ワガノワの元でバレエを学んだ。
1928年、マリインスキー・バレエ団に加入。マスコミに『セミョーノワのスタイルを踏襲した優雅な踊り』と謳われ、彼女の演技に魅せられたコンスタンチン・スタニスラフスキーは自身の演劇作品に彼女を登用した。1944年にはその名声がスターリンの耳にも届き、彼はガリーナをボリショイ・バレエに異動させた。同年、ガリーナはプロコフィエフ作曲による『シンデレラ』の初舞台で主役を演じた。ボリショイ・バレエでは、16年間、最高位のプリマ・バレリーナの座にあった。
ガリーナは優れたバレリーナであると同様に俳優でもあり、46歳の時にようやく海外公演を許可された。ロンドン公演の際、新聞は「ロンドンでのウラノワ、アンナ・パヴロワ以来の進化したダンサーが偉大な勝利をおさめる」と賞賛した。
彼女は50歳で舞台から引退し、その後は後進の指導にあたった。
ガリーナは、レーニン賞とスターリン賞をそれぞれ1941年、1946年、1947年、1950年、1957年に受賞した。 その他社会主義労働英雄(1974年、1980年)、ソ連人民芸術家(1951年)、アメリカ芸術科学アカデミー(1960年)、労働赤旗勲章(1939年、1951年、1959年、1967年)芸術文化勲章(1992年)等受賞。
- ロメオとジュリエットのウラノワとジダーノフ(1954年)
- 薔薇の精(1923年)
- 2000年に発行されたロシアの3ルーブル切手
- 生誕100周年記念の2009年発行のロシア2ルーブル銀貨
- キェルツェにある胸像
- アパートジュロイ・ドム・ナ・コテリニチェスコイ・ナベレジュノイにあるガリーナ・ウラノワの家博物館
- ノヴォデヴィチ墓地のウラノワの墓
- ライラック「ガリーナ・ウラノワ」
- 5421 Ulanova(ウラノワの名のついた小惑星)
