ガヴリロフ=ヤム
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1545年の至聖三者聖セルギイ大修道院による記録には、大修道院の領地の一つとしてガヴリロヴォという集落の名が登場する。村の名はガヴリール(ガブリエル)に由来し、ロストフ・スーズダリ公国の軍駐屯地から7km離れた場所にあった。
1580年の記録ではガヴリロフスキー=ヤムの名で登場する。ヤムとは、ロシア全土に命令文などを伝えるための駅伝制度の宿駅のことであり(これはモンゴル帝国の駅伝制度のジャムチに由来する)、この場所にヤムが置かれていたことを示す。後にガヴリロフ=ヤムスカヤ=スロボダと呼ばれ、さらに18世紀末には現在のガヴリロフ=ヤムとなる。1870年代に繊維工場が建ってから、一村落だったガヴリロフ・ヤムは工業の町としての発展を始め、1922年8月5日に都市型集落(町)になり、1938年12月26日に市へ昇格した。

