キャッスル・クート男爵
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第7代マウントラス伯爵チャールズ・ヘンリー・クート(c.1725–1802)は1800年合同法を支持した褒賞として、また70代になっても爵位の継承者たる男子をもうけなかったため、1800年7月31日にアイルランド貴族であるロスコモン県におけるキャッスル・クート男爵に叙された[1][2]。この爵位には特別残余権(special remainder)が規定されており、初代の男系男子が断絶した場合、遠戚(初代マウントラス伯爵チャールズ・クート(c.1610–1661)の弟の玄孫)チャールズ・ヘンリー・クート(1754–1823)およびその男系男子が継承できるとした[1]。このチャールズ・ヘンリー・クートはアイルランド王国の政治家であり、アイルランド庶民院議員、聖パトリック騎士団付系譜学者、関税委員などを歴任し、第7代マウントラス伯爵の死後にキャッスル・クート男爵位を継承した[3](マウントラス伯爵などほかの爵位は廃絶した[1])。
2代男爵の死後はその息子エア・ティルソン・クート(1793–1827)が3代男爵となったが、妻との間で息子をもうけず、その死をもって爵位は廃絶した[3]。