キャプ・ダグド
From Wikipedia, the free encyclopedia
キャプ・ダグド(仏: Le Cap d'Agde、フランス語発音: [kap daɡd])はフランスのエロー県・アグドにある地中海に面する港・リゾート地。キャップ・ダグド、カプ・ダグドなどとも表記される。同地域はフランス史上最大の国営開発計画の1つとして、建築家ジョン・ル・クトゥールによって計画された[1]。 1960年代には週末に地元の人々が通常使用する小さな家があるだけだったが、現在ではフランスの地中海で最大のレジャー港の1つとなっている。世界的に有名なヌーディズム地域である北東のバグナス地区の海水浴場は、キャンプ場のみならず、ホテル、レストラン、スーパーマーケットなどの施設が完備しており、ヌーディストリゾートとも呼ばれる。

キャプ・ダグドの地形は、広い砂浜を有する沼地で海から隔てられており、その中心にはリゾートの名前の由来となった岩の岬(La Grande Conque; グランド・コンキ)が突き出ていた。 海岸に建てられた家は当初はほんの数軒しかなかった。 1960年代に、フランス政府はラングドック・ルーションの観光地を開発することを決定し開発が進められた。 半公開会社であるSociétéd' Équipement du Biterrois et de son littoral(SEBLI)(ビテロワと海岸の設備会社)が、キャプ・ダグド駅の開発を担当し、同社のジャン・ミケルは、キャプ・ダグドの「父」と見なされている。1967年、マリーナを掘る作業が始まり、いくつかの建物が建てられ。港湾エリアには巨大な駐車場が作られた。当初は、コンベンション・センター周辺の市営サービスの建設のみが存在していたが、1975年にはラクレープのキャンプ場とモールに向かう一般道路がすでに存在していた。海辺の住居は1980年代に建てられることが計画され、港はサンマルタン港(Saint-Martin)で商業活動を開始した。建設は加速し続け、1970年に金属彫刻の中央の塔がランドマークとして置かれ、それまでのモジュラー構造からよりソリッドな構造での建築が進むと、袋小路だった町の外観が都会的に変化した。現在では、メイン広場の隣接する建物の下にはショッピングアーケードが作られている。

1970年以降に海辺の都市計画が進み、ボートを使った遊歩道からビーチへのアクセスも可能となった。1980年にビーチの端には救急センターやレストランが並ぶようになった。1987年、Muséedel'Éphèbe(エフェベ博物館)が、この地域の考古学的発掘(古代ローマ時代の別荘等が存在していた)を展示したフランス国内最初の水中考古学博物館として発足した。
港の中心で最大の島であるロワジール島には、遊園地、ナイトクラブが、港の東南部分には水族館が作られている。2014年にかつての地元の廃棄物受付センターがあった場所にゴルフコースが設置された。
マリーナ
ナチュリスト・ヴィレッジ
キャプ・ダグドの北東端には、この町の大きな特徴であるナチュリスト・ヴィレッジ(ヌーディスト・ヴィレッジも同意味であるが、社会的配慮もありナチュリスト・ヴィレッジと表記される事が一般的となっている)と呼ばれる大規模なファミリースタイルのリゾートがある[1]。町は2 km(1マイル)のビーチ、大型マリーナ、2,500のキャンプ場、集合住宅、ホテル、ショップ、レストラン、ナイトクラブ、バー、郵便局、銀行、ATM(現金自動預け払い機)、コインランドリー、美容院を備えており、自己完結型の機能を備えた町となっている。毎年夏には世界中から多くのヌーディストが集まって来る。
「裸の街」と呼ばれるこの場所では、リゾート全体で一般的なようにヌードでの生活が合法となっている。ただし、夕方や寒い時期には、より多くの人が服を着ることもある(そのような時期でも露出度の高い服を着ることもある)。利用者のリゾート利用料金は地元の重要な観光税収入となっている。
ヌーディストビーチ

ヌーディストビーチ(利用の際にはヌードが必須となる場所)の全長は約2 km(1マイル)、幅は約30 m(100フィート)を誇る。砂と水は良質で、水温は16から22°C(61から72°F)の間である。2つのセキュリティポストには警察と医療施設があり、ライフガードは、一日のほとんどの間、いくつかのステーションで勤務している。ヌードビーチの南端には6つのレストランがあり、北端に向かって利用できるレストランは1つだけとなっている。Cap d'Agdeはフランス内にあるが、ほとんどのサービススタッフは英語を話している。


