キングスハウス (ウィンチェスター)

From Wikipedia, the free encyclopedia

キングスハウス (King's House) は、かつて17世紀末に、イングランド南部ハンプシャーウィンチェスターに建設が計画された、イングランド王宮殿。ウィンチェスターは、アングロ・サクソン系の諸王朝の時代において、ウェセックス王国の首都であり、イングランド全体の首都でもあったが、ノルマン・コンクエスト以降は発展から取り残され、当時は寂れた地域となっていた。

この宮殿は、イングランド王チャールズ2世のために、建築家サークリストファー・レンによって、1683年から1685年にかけて建設が進められた[1]。敷地はウィンチェスター城英語版の隣接地であったが、構想では城の敷地も宮殿の一部に置き換えられることになっており、完成すれば、少しばかり小規模になるとはいえヴェルサイユ宮殿に範をとったものとなるはずであった。宮殿からは、ウィンチェスター大聖堂まで下っていく壮大な景観、遊歩道、庭園が見渡せることになっていた。しかし、1685年2月にチャールズ2世が死去すると、建設は中止された[1]。レンは国王に、建物は1年もすれば完成すると明るく伝えたが、自らの高齢を自覚していたチャールズ2世は、「1年は、私の人生にとって大きな時間だ (a year is a great time in my life)」と応じたというのは、有名な話である[2]

この時点で建物の構造は出来上がっていたが、以降の君主たちも建物を完成させる資金を調達することはできず、計画は最終的に放棄された[1][3]

1756年には、七年戦争による 5,000人ほどのフランス人捕虜がこの建物に収容され、アメリカ独立戦争の時期には、フランス人、スペイン人オランダ人などの捕虜が収容された[1]フランス革命の時期には、8,000人以上とされる多数のフランス人聖職者たちがイギリスに逃れてきたが、そのうち 660人ほどは、キングスハウスに滞在した[1]

1796年からは、大規模な兵舎となり、病院学校も開設されたが、1894年12月に火災で破壊され[1]、取り壊された[4]

円柱や装飾的な細工が施された石材の一部は、1900年に跡地に建てられたペニンシュラ・バラックス英語版の建物に再利用され、現在ではその一部がウィンチェスターの軍事博物館英語版に使用されている。

Related Articles

Wikiwand AI