ギラン
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| ギラン Gillan | |
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フロントマンでリーダーのイアン・ギラン(1983年) | |
| 基本情報 | |
| 出身地 |
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| ジャンル | ハードロック、ヘヴィメタル |
| 活動期間 | 1978年 - 1982年 |
| レーベル |
ヴァージン・レコード RSOレコード Acrobat Edsel エンジェル・エアー・レコード |
| 共同作業者 |
ディープ・パープル イアン・ギラン・バンド GMT マッコイ アイアン・メイデン ブラック・サバス ホワイト・スピリット |
| 旧メンバー |
イアン・ギラン コリン・タウンズ ジョン・マッコイ スティーヴ・バード リアム・ゲノッキー ピート・バーナクル ミック・アンダーウッド バーニー・トーメ ヤニック・ガーズ |
ギラン(Gillan)は、イアン・ギランが1978年にイアン・ギラン・バンドを解体して再結成したバンドである。NWOBHM・シーンの中で頭角を現す。1982年解散。
1978年にイアン・ギランとコリン・タウンズを中心にグループ名をシンプルにギランとして再始動。ギタリストにはスティーヴ・バード、ドラムにはリアム・ゲノッキー/ピート・バーナクルを迎え、ギラン名義のファースト・アルバム『ギラン』は本国ではリリースされずにオーストラリア、ニュージーランドそして日本でのみの発売となった。日本でのディストリビュートは東芝傘下のイーストワールド。
グループはマーキーなどクラブを中心に活動を再開し、よりシーンを見据えた人選をはかりタウンズとギランに、ギタリストのバーニー・トーメ、ドラマーのミック・アンダーウッド、ベーシストのジョン・マッコイの5人がリフレッシュされた布陣となる(なおイアン・ペイスはオーディションで落選している)。本国での最初のアルバムにあたる『ミスター・ユニバース』を1979年にリリース、翌1980年にはヴァージン・レコードと契約してアルバム『グローリー・ロード』を制作発表すると、NWOBHMの流れに乗って英国のレディング・フェスティヴァルや欧州各地のフェスティヴァルのヘッドライナー・クラスとして出演する。1981年にはアルバム『フューチャー・ショック』が全英2位のヒットとなるが、ギランのサウンドの要だったバーニー・トーメが金銭問題でバンドを離れることになり、トーメに変わりギタリストのヤニック・ガーズがグループに加わる。グループは1982年までにアルバム『ダブル・トラブル』、『マジック』を制作。好調な活動を続けたがイアン・ギランが声帯を治癒するためにグループの活動を停止すると声明を発表した[1]。
現在までにタウンズは映画音楽の仕事でキャリアを積み、マッコイはインディーレーベルの制作者、トーメはソロ・ギタリストとしての地位を築き上げ、アンダーウッドはセッション・ドラマーとして活動する他、ヤニック・ガーズは1990年よりアイアン・メイデンのギタリストとして活動している。
メンバー
- イアン・ギラン (Ian Gillan) - ボーカル (1978年-1982年)
- ジョン・マッコイ (John McCoy) - ベース (1978年-1982年)
- コリン・タウンズ (Colin Towns) - キーボード (1978年-1982年)
- スティーヴ・バード (Steve Byrd) - ドラム (1978年-1979年)
- リアム・ゲノッキー (Liam Genockey) - ドラム (1978年)
- ピート・バーナクル (Pete Barnacle) - ドラム (1978年-1979年)
- ミック・アンダーウッド (Mick Underwood) - ドラム (1979年-1982年)
- バーニー・トーメ (Bernie Tormé) - ギター (1979年-1981年)
- ヤニック・ガーズ (Janick Gers) - ギター (1981年-1982年)
イアン・ギラン・バンド - ギラン・タイムライン
