クインテッセンス (バンド)
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| クインテッセンス Quintessence | |
|---|---|
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クインテッセンス(1970年) | |
| 基本情報 | |
| 出身地 |
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| ジャンル | サイケデリック・ロック、プログレッシブ・ロック、ジャズ・ロック、ラーガ・ロック |
| 活動期間 | 1969年 - 1980年、2010年 |
| 共同作業者 | シュポングル、ブラート |
| 旧メンバー |
サンブー・ババジ ジェイク・ミルトン アラン・モスタート ラジャ・ラム マハ・デヴ シヴァ・シャンカール・ジョーンズ |
クインテッセンス[脚注 1](Quintessence)は、1969年4月にイングランドのロンドン、ノッティング・ヒルで結成されたロック・バンド[1]。彼らのスタイルは、ジャズ、サイケデリック・ロック、プログレッシブ・ロックを融合させ、インド音楽の影響を受けたものであった[1]。


オリジナル・ラインナップは、サンブー・ババジ(ベース)、マハ・デヴ(リズム・ギター)、シヴァ・シャンカール・ジョーンズ(ボーカル、キーボード、パーカッション)、ジェイク・ミルトン(ドラム、パーカッション)、アラン・モスタート(リード・ギター)(1952年生まれ)、ラジャ・ラム(フルート、パーカッション)であった[1]。オーストラリア出身のジョーンズは、かつてフィル・ジョーンズとして活動し、シドニーのバンド、ジ・アンノウン・ブルースと共に1967年に「If I Had a Ticket」でヒットを飛ばした。
彼らはポートベロー・ロード近くの教会を改装したオール・セインツ・ホールでリハーサルを行い[2]、1969年から1971年にかけてアイランド・レコードで3枚のアルバムを、さらに1972年にはRCAで2枚のアルバムをレコーディングした[3]。後者のアルバムの1枚目『Self』は、A面にスタジオ録音、B面に1971年12月11日にエクセター大学で行われたライブ演奏を収録している[4]。
彼らはクラブでの堅実なパフォーマンスで名声を築き上げた。1970年と1971年という最初の2回のグラストンベリー・フェスティバル(当時は「フェア」と呼ばれていた)に出演したほか、モントルー・ジャズ・フェスティバルにも招かれた。
1971年9月18日、クインテッセンスはケニントンのジ・オーバルでバングラデシュのためのチャリティ・コンサートを行った[5]。出演アーティストには、ザ・フー、モット・ザ・フープル、リンディスファーン、アトミック・ルースター、グリース・バンド、そしてアメリカなどが名を連ねた[5]。
クインテッセンスはヨーロッパ各地で数百ものコンサートやフェスティバルに出演したが、アイランド・レコードのクリス・ブラックウェルが交渉したアメリカでのレコード契約を断り、1972年初頭に予定されていたニューヨークのカーネギー・ホールでのコンサートやアメリカ・ツアーにも参加しなかった。これはバンドのメンバー4人がより多額の前金を要求したためである。この契約にブラックウェルは失望し、バンドをレーベルの所属から外した。その後、クインテッセンスはRCAと契約し、ジョーンズとデヴと共にアルバムを1枚レコーディングした。しかし、そのアルバムのリリース後、ラジャ・ラムは突然に2人を「解雇」した[1]。ジョーンズとデヴはその後、短命に終わったカラ(Kala)というバンドを結成した[1]。一方、クインテッセンスは1980年代まで活動を続けたが、解散することとなった。
その後の活動
クインテッセンスの主要作曲家であるジョーンズは、過去20年間、全米を精力的にツアーしている。ジョーンズは、スイス人の音楽パートナーであるラルフ・ルドラ・ボーヴェールと共に、バンド「シヴァズ・クインテッセンス」を通じて、新曲やクインテセンスの楽曲のアップデート・バージョンを多数リリースしている。2014年現在、ジョーンズはボストンを拠点とするギタリスト、フランク・M・エヴァンスと共にトランス・ポータルとしてアメリカで活動しており、クインテッセンスの楽曲の多くをより親密でアコースティックな形式で表現している。
2010年、マハ・デヴによる新生クインテッセンスはマイケル・イーヴィスの招待を受け、40周年記念グラストンベリー・フェスティバルに出演し、オリジナルのボーカリストであるジョーンズも参加した。このパフォーマンスは、クインテッセンスの前プロデューサー、ジョン・バーハムによって録音され、2011年に『Rebirth: Live At Glastonbury』としてリリースされた[6]。2010年のグラストンベリー・フェスティバルでフィル・シヴァ・ジョーンズがデヴズ・クインテッセンスと再結成した様子は、2010年11月に放送されたBBC Oneの番組『Inside Out』で特集された。
マハ・デヴズ・クインテッセンスは、アイランド・レコード時代のクインテッセンスの「クラシック」サウンドを再現しながら、イギリスで散発的にパフォーマンスを続けた。デヴは初のソロ・アルバムをリリースし、ジョーンズのクインテッセンスも散発的にレコーディングを続けている。ジェイク・ミルトンはその後、兄のテッド・ミルトンと共にブラート(Blurt)を結成した。ラジャ・ラムは1990年代にサイケトランス・スタイルのエレクトロニック・ミュージックの創造に貢献し、現在もエレクトロニック・ミュージックのプロデュースを続けている。特にシュポングルへの参加はよく知られている。
マハ・デヴ(本名:デヴィッド・コドリング)は、2019年7月5日に癌で亡くなった[7]。
メンバー
- サンブー・ババジ (Sambhu Babaji、本名:Richard Vaughan) - ベース (1969年-1980年)
- ジェイク・ミルトン (Jake Milton) - ドラム、パーカッション (1969年-1980年)
- アラン・モスタート (Alan Mostert) - リード・ギター (1969年-1980年)
- ラジャ・ラム (Raja Ram、本名:Ronald Rothfield) - フルート、パーカッション (1969年-1980年)
- マハ・デヴ (Maha Dev、本名:David Codling) - リズム・ギター (1969年-1972年、2010年) ※2019年死去
- フィル・シヴァ・ジョーンズ (Phil Shiva Jones、本名:Phil Jones) - ボーカル、キーボード、パーカッション (1969年-1972年、2010年)