コペンハーゲンで生まれた。父親のヘルマン・ヴィルヘルム・ビッセン(1798-1868)は、当時デンマークを代表する彫刻家の一人であった。弟に画家になったルドルフ・ビッセン(Rudolf Bissen: 1846-1911)がいる。父親の工房で彫刻を学び、1853年から1857年までデンマーク王立美術院で学んだ。その後1857年から1863年までローマで学び、1866年から1867年まではカッラーラで石彫を学んだ[1][2]。
1868年に父親が亡くなったためデンマークに戻り、父親の工房を継承し、父親が残したプロジェクトを完成させた。その中には1873年に完成したクリスチャンスボー宮殿前広場のフレデリク7世の騎馬像などがある[1]。
1885年頃、パリにしばらく滞在した。1890年から1908年の間デンマーク美術院で教え、1902年から1908年までの間に1年ほどの中断をはさんだ美術院の校長を務めた。
父親が学んだ、ベルテル・トルバルセン(1770-1844)の新古典派のスタイルを受け継いだスタイルの彫刻家であったが、パリ滞在でリアリズムの影響を受け、後期の作品はネオロマン主義的なスタイルの作品を制作した[1][3][4]。代表作には12世紀のデンマークの英雄アブサロンの騎馬像などがある[5]。
1913年にコペンハーゲンで76歳で亡くなった。