クリストファー・ジョーンズ
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| クリストファー・ジョーンズ Christopher Jones | |
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『The Legend of Jesse James』(1965年) | |
| 本名 | William Frank Jones |
| 生年月日 | 1941年8月18日 |
| 没年月日 | 2014年1月31日(72歳没) |
| 出生地 |
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| 活動期間 | 1935年 - 2008年 |
| 配偶者 | スーザン・ストラスバーグ (1965年 - 1968年) |
| 主な作品 | |
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『狂った青春』 『鏡の国の戦争』 『ライアンの娘』 | |
クリストファー・ジョーンズ(英: William Frank Jones、1941年8月18日 - 2014年1月31日)は、アメリカ合衆国・テネシー州ジャクソン[1] 出身の俳優。
父親は食料品店の事務員、母親は芸術家だった。ジョーンズが幼い頃、母親が情緒的問題から入院したため、兄弟とともにテネシー州メンフィスにある児童福祉施設「少年の町」に預けられる。そこで似たような生い立ちを持つジェームズ・ディーンのことを知り、彼のファンとなった。その後軍隊に入ったが、敵前逃亡のかどで軍事刑務所に服役する。除隊後ニューヨークへ出て、俳優の仕事を始める。母親は彼が19歳の時に亡くなった[2]。
俳優としてのキャリア
1961年12月17日、クリストファー・ジョーンズの芸名を名乗り、テネシー・ウィリアムズ原作、シェリー・ウィンタース主演『イグアナの夜』でブロードウェイデビュー。ウィンタースに、メソッド演技法の創始者であるリー・ストラスバーグの娘のスーザン・ストラスバーグを紹介され、後にリーが主宰するアクターズ・スタジオで学んだ。ジョーンズとスーザンは、リーの反対を押し切り1965年に結婚し、翌1966年に一人娘のジェニファーを儲けた。
1965年にハリウッドに移り、20世紀フォックス製作のABCのテレビシリーズ『The Legend of Jesse James』で、主役で実在のガンマン、ジェシー・ジェイムズを演じる。番組終了後、ジョーンズは映画『青春の海』で、妻スーザンの夫役を演じた。だが、現実の夫婦生活は映画の様にはいかず、彼らは1968年に離婚した。
1968年、ジョーンズは映画『狂った青春』で、シェリー・ウィンタースを相手役に野心家のロック・スターを演じ、一躍スターの座に上り詰める。さらに同年コメディ『熱い肌』でイヴェット・ミミューと共演した。また、この頃ジョーンズは、女優シャロン・テートとその夫で映画監督のロマン・ポランスキーと親しくなった。後にジョーンズは、当時妊娠中のテートと肉体関係があったことと、彼女が死の予感を抱いてたことを告白している(テートは1969年にマンソン・ファミリーによって殺害された)[3]。
1969年、イギリス映画『鏡の国の戦争』、イタリア映画『さよならを言わないで』で、いずれもピア・デゲルマルクを相手役に主演した後、アイルランドを舞台にしたデヴィッド・リーン監督の大作『ライアンの娘』に、英国軍将校の役で出演する。だが、リーンとの関係が上手くいかず、当初は6ヶ月の撮影予定であったにもかかわらず、実際の撮影終了まで丸1年の月日を要することとなった。この事と同年起こったシャロン・テート殺害事件が、彼に大きな精神的ダメージを与え、撮影終了後カリフォルニアに戻るとそのまま俳優業を引退した[4]。
後半生
1994年にジョーンズは、クエンティン・タランティーノ監督『パルプ・フィクション』のゼッド役のオファーを受けたが、辞退している[5]。彼の最後の出演映画は、1996年のコメディ『マッド・ドッグス』であった。俳優業引退後のジョーンズは、アーティストとして活動した。彼の代表的な作品の一つとして、ハリウッド・フォーエバー墓地に展示されているルドルフ・バレンチノの油彩画がある[4]。