クリプルクリーク
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| クリプルクリーク市 Cripple Creek | |
|---|---|
クリプルクリークのメインストリート | |
| 標語 : ""Real Fun Real Colorado "" | |
| 位置 | |
| 座標 : 北緯38度44分46秒 西経105度11分03秒 / 北緯38.74611度 西経105.18417度 | |
| 歴史 | |
| 町制施行 | 1892年6月9日 |
| 行政 | |
| 国 | |
| 州 | コロラド州 |
| 郡 | テラー郡 |
| 市 | クリプルクリーク市 |
| 市長 | ブルース・ブラウン |
| 人口 | |
| 人口 | (2010年現在) |
| 市域 | 1,267人 |
| 人口密度 | 295.98人/km2(766.47人/mi2) |
| その他 | |
| 等時帯 | 山岳部標準時 (UTC‐7) |
| 夏時間 | 山岳部夏時間 (UTC‐6) |
| 公式ウェブサイト : https://www.cripplecreekgov.com/ | |
クリプルクリーク(Cripple Creek)は、アメリカ合衆国コロラド州中南部のテラー郡[1]に位置する都市。ロッキー山脈のパイクスピーク西麓、州第二の都市コロラドスプリングス市の西約71kmに位置する。クリプルクリークの都市名は市内を流れるクリプルクリーク川(後述)から来ている。都市名の発音は「クリポルクリーク」である。
クリプルクリークのダウンタウンはアメリカ合衆国国定歴史建造物に認定されている。
開拓前
現在のクリプルクリークがある地には、ネイティブアメリカンのユート族が住んでいた。[2]
既に近隣の(後のコロラドスプリングス市になる)コロラドシティにはゴールドラッシュが到達していた。ある者がこの土地に金があると嘘をつき、一時フォーティーナイナーズが集まったが金は見つからずその後、この土地には誰も近づかなくなった。[3]
コロラドゴールドラッシュの中心都市時代
1890年10月20日、“ボブ”ロバート・ミラー・ウォーマックが乗馬中に金の鉱脈を発見。この報せによりアメリカ全土から数千の男、女、子供がクリプルクリークに集まった。これがコロラドゴールドラッシュの始まりになった。ウィンフィールド・スコット・ストラットはクリプルクリーク初の金鉱山であるインディペンデンス鉱山を設立した。
1892年6月9日、テラー郡の郡都としてクリプルクリーク市が設立された。1890年からの2年で500人の人口が1万人に達していた。
1894年、鉱山の労働者が大規模ストライキを行う、ジェームス・ピーボディ州知事は州兵をストライキの鎮圧のために派遣するもデモ隊を逆撫でしてしまい、一時デモ隊が暴徒化するも州兵のガトリング銃を見たデモ隊がストライキを辞める。[4]
1896年4月25日、クリプルクリーク市街地の半分を焼き尽くす大火が発生、4日後再び大火が発生市の残りの半分を焼き尽くしクリプルクリークは大打撃を受けた。その後市街地を耐火性がある煉瓦で再興した。その際再興された建物がアメリカ合衆国国定歴史建造物に認定されている。[5]
その後、年々金の採掘量は減りそれと共に人口が減っていき。1970年代には人口は数百になり半ばゴーストタウン化した。
現在のクリプルクリーク
1991年、コロラド州はクリプルクリーク市内のみのギャンブルを合法化、空き家だらけになっていたダウンタウンはたちまちカジノで溢れ鉱山の軽便鉄道の廃線跡を改装した観光列車も運行し始め[6]、一気に町は活性化した。地元紙は「コロラドゴールドラッシュの再来」と報じた。


