クルタ計算機
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発明
ユダヤ系オーストリア人のクルト・ヘルツシュタルクが1930年代に基本的な研究開発を行い、基本的な構成は1938年に出願した特許に詳解されている[2]。しかし欧州の時局のために生産と発売に向けた動きは滞り、彼はブーヘンヴァルト強制収容所に収容されてしまい、設計は収容所内で進められた。ヘルツシュタルクは収容所を生き残り、ドイツの敗戦によってふたたび生産への道が開かれた。クルタ計算機はリヒテンシュタインの国策会社Contina AG Maurenによって製造され、1948年に発売された。
クルタ計算機は1970年代に電卓に取って代わられるまで、利用可能なものではもっとも携帯性に優れた計算機であった。
動作と使用法
Type IおよびType II
カーラリーでの使用
1960年代から80年代にかけて、クルタ計算機はラリーの出場者の間で人気を博した。他の用途で電子式計算機が使われるようになってからも、チェックポイントへの時間やコースから外れた距離などの計算の補助のためにTSD(time-speed-distance)ラリーで使われていた。これは初期の電子式計算機がラリーの振動や衝撃に弱かったからである。
紙と鉛筆しか持たない者や、ラリー車の車輪とリンクしたコンピュータを利用する者から、この計算機を使う出場者はよく「クルタ・クランカー」(Curta-cranker)と呼ばれた。
フィクションに登場するクルタ計算機
クルタ計算機はウィリアム・ギブスンの小説『パターン・レコグニション』のなかに出てくる。作品の中で1人の脇役がクルタ計算機に興味を示す。
ギャラリー
- クルタ計算機の一部を分解したところ。スライドと段付歯車が見えている。
- TypeII のクルタ計算機。カリフォルニア州マウンテンビューのコンピュータ歴史博物館所蔵。
- パリの Musée des arts et métiers 所蔵。
