クルト・ベーメ
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ドレスデン音楽大学で学んだ後、1930年にバウツェンの劇場で上演された『魔弾の射手』でカスパーと隠者の一人二役を演じてデビューした。同年、『ラインの黄金』のファーフナー役でドレスデンのゼンパー・オーパーにもデビューし、1949年までアンサンブルメンバーとして活躍した。1949年、バイエルン国立歌劇場と1955年にウィーン国立歌劇場と契約、ザルツブルク音楽祭やバイロイト音楽祭の常連となっていった。メトロポリタン歌劇場やコロン劇場等、国際的にもその活躍の場を拡げ、1966年には来日し、第9回大阪国際フェスティバル1966主催により、リヒャルト・シュトラウス『ばらの騎士』オックス男爵をフェスティバルホール[1]と東京文化会館[2]で務めている。
巧みな演技と安定感のある豊かな声量によって完成された表現力をもっていたオペラ歌手であり、地味ながらも20世紀におけるドイツの代表的バス歌手の一人であった。
1985年に妻が急死したことを機会に、事実上引退した。