クレイジー・タウン

アメリカ合衆国のラップロックバンド From Wikipedia, the free encyclopedia

クレイジー・タウンCrazy TownCXTと略されることもある)は、アメリカ合衆国ロックバンド。1999年11月9日にファースト・アルバム『ザ・ギフト・オブ・ゲーム』でメジャー・デビューした[4]

「バタフライ」のシングル・ヒットと、1年半以上にも及ぶロング・ツアーで、「バタフライ」は全世界で250万枚以上売れるという大ヒット作となり、アメリカではダブル・プラチナ・ディスクにも認定された[4]。デビュー時はいきなりアメリカのロックシーンを代表するバンドの一つとなった[4]

概要

クレイジー・タウンは最初はバンド形態ではなく、ツインMCのSeth "Shifty" BinzerとBret "Epic" Mazurのユニットとして始まった。2人とプロデューサーのジョシュ・エイブラハム英語版オージーのボーカリストのジェイ・ゴードン英語版、ギタリスト兼シンセシストアミア・デラク英語版らで、ファースト・アルバムの『ザ・ギフト・オブ・ゲーム』を作った[4]。メジャー・デビュー以前は、クレイジー・タウンとしてのライブ経験は皆無だった[4]

ファースト・アルバムの『ザ・ギフト・オブ・ゲーム』がアメリカで発売された後、クレイジー・タウンはツアーを行い、同じマネージメントのQ-Primeに所属するレッド・ホット・チリ・ペッパーズナイン・インチ・ネイルズメソッズ・オブ・メイヘム英語版と共演しつつ、ヨーロッパ各地で開催されたフェスティバルにも出演した[4]

その頃から何らかの理由でCharles "Rust Epique" Lopezと他のメンバーとの関係が悪化し、修復不可能な状況に陥ったため解雇、後任にKraig "Squirrel" Tylerを招いた[4]。Seth "Shifty" Binzerは当時について、「今だから言えるけど、ヤツはパーフェクトなプレイヤーが見つかるまでの穴埋め的存在だった。で、Kraig "Squirrel" Tylerと出会い、すぐにヤツだと思ったよ」と語っている[4]。その後もメンバーチェンジは続き、Adam "DJ Adam 12" Bravinも早々にバンドを離れた[4]

2000年末から『ザ・ギフト・オブ・ゲーム』に収録されている「バタフライ」がアメリカ各地で散在するラジオ局で流れるようになった[4]。「バタフライ」はBret "Epic" MazurとSeth "Shifty" Binzerがレッド・ホット・チリ・ペッパーズの4枚目のアルバム『母乳』に収録されている「プリティ・リトル・ディッティ(Pretty Little Ditty)」のインストパートをサンプリングして書いた曲である[4]。レッド・ホット・チリ・ペッパーズが自分たちの曲をサンプルとしての使用許可を出したのは、これが初だった[4]

「バタフライ」は大量オンエアされ始め、2001年1月にスマッシュヒットとなるや、それが引き金となりアルバム・セールスは上昇し、同時にバンドも急激に頭角を現した[4]

クレイジー・タウンはそういう状況になる前と、なった後にライブを一度ずつ経験している[4]。最初が2000年4月にニューヨークのアーヴィング・プラザにおけるメソッズ・オブ・メイヘムのサポートアクトの時だった[4]。後者は、2001年のアメリカで開催されたオズフェストのワシントン州ゴージ公演[4]。クレイジー・タウンはザック・ワイルド&ブラック・レーベル・ソサイアティに続く2番手としてステージに上がった[4]

2002年11月12日にセカンド・アルバムの『ダークホース』をリリース[4]ハワード・ベンソンとバンド共同プロデュースの下で、複数のスタジオでレコーディングされた作品となった[4]。ミックスはクリス・ロード・アルジ英語版が担当した[4]

2003年に解散するも2007年に再結成。2015年8月28日にはサード・アルバムの『The Brimstone Sluggers』をリリースした。

メンバー

現メンバー

  • Seth "Shifty" Binzer/Shifty Shellshock (※ステージネーム) – ラップ、リードボーカル (1995年–2003年、2007年–2024年) ※2024年6月24日死去[5]
イギリスのロックバンド、ローリング・ストーンズ(: The Rolling Stones)の映画『ザ・ローリング・ストーンズ:レディース・アンド・ジェントルメン英語版』の監督を務め、現在はFireball Interactiveなるデザイン会社を経営、ファースト・アルバムの『ザ・ギフト・オブ・ゲーム』やローリング・ストーンズの作品のアートワークを手がけたというアコースティックな父を持つ[4]
ミスフィッツギャング・グリーン英語版セックス・ピストルズといったパンク・ロック/ハードコアビースティ・ボーイズRun-D.M.C.などのヒップホップから影響を受けている[4]
毎日、スケボーであちこち駆るストレートキッズだった[4]
モヒカンにし、ブレイクダンスに興じていたこともある[4]
「クレイジー・タウン」というバンド名の由来についてSeth "Shifty" Binzerは、「オレにはギャング団の構成員で、いつもヤバいヤツらとつるんでいたっていう過去がある。自分達を"ウェストサイド・クレイジー"なんて呼んでいたから、どうしても"クレイジー"っていう言葉を入れたかったんだ」と語っている[4]
  • Nick "Dax" Diiorio – ベース、バッキング・ボーカル (2014年– )
  • Kevin Kapler - ドラム、パーカッション (2014年– )
  • Rick "R1CKONE" Dixon - ターンテーブル、サンプリング、キーボード (2010年-2013年、2015年– )
  • Eli "ET" Tanneous - リードギター (2016年- )

ツアー・メンバー

  • Bobby Reeves - ボーカル (2016年-現在)

旧メンバー

  • Bret "Epic" Mazur – ボーカル、ラップ、ベース、キーボード、ピアノ、ターンテーブル、ビートボックス (1995年–2003年、2007年–2017年)
ニューヨークブルックリン生まれ[4]。3歳の時に家族とロサンゼルスに移り住む[4]
父親はロック歌手のビリー・ジョエルを発掘し、彼が最初に組んだバンド「THE HUSSLE」のマネージャーを務め、その後の『コールド・スプリング・ハーバー〜ピアノの詩人』でソロ・デビューを実現させた人物[4]。Bret "Epic" Mazurはヒップホップに熱中し、高校はアイス・キューブ、元ハウス・オブ・ペインエヴァーラスト英語版ダニー・ボーイ英語版と一緒だった[4]
18歳でプロとして活動を始め、R&B/ソウル系グループ、ベル・ビヴ・デヴォーのファースト・アルバム『ポイズン』にドラマーとして参加した[4]。その後、Seth "Shifty" Binzerと出会い意気投合[4]。クレイジー・タウンの前身とも言えるヒップホップ・ユニット、"BRIMSTONES SULGGERS"を結成する[4]
当時を振り返り、Seth "Shifty" Binzerは「ヤツに会った時、長い間自分のプロジェクトをやりたかったっていう話をされてさ。で、『一緒にやろう』とも言ってくれた。お互いに必要な存在だったのかもね。2人でいたり、何かをやったりするとバランスがとれるっていう感じだったんだ」と語っている[4]
BRIMSTONES SULGGERSでは総てプログラミングされたヒップホップを演っていた[4]
当時はアルバム契約を獲るなどの考えはなく、あくまでもいい詞を書き、いい曲を作ることのみに専念していた[4]
その発想、アイデアを具現化させたのが「クレイジー・タウン」だった[4]
1998年にスタートし、その後、他のメンバーが徐々に集まり、バンド形態へと形を成していった[4]
Seth "Shifty" Binzerが23歳、Bret "Epic" Mazurが27歳の時のことだった[4]
  • Adam "DJ Adam 12" Bravin - ターンテーブル、サンプリング、プログラミング、キーボード (1995年–1996年)
  • Charles "Rust Epique" Lopez - ギター (1999年–2000年) ※2004年死去
  • James "JBJ" Bradley Jr. – ドラム、パーカッション (1999年–2001年)
  • Adam Goldstein|Adam "DJ AM" Goldstein – ターンテーブル、サンプリング、プログラミング、キーボード (1999年–2000年、2001年、2009年) ※2009年死去
  • Doug "Faydoe Deelay" Miller - ベース (1999年-2003年)
  • Kraig "Squirrel" Tyler - リズムギター、バッキング・ボーカル (2000年–2003年)
  • Antonio Lorenzo "Trouble" Valli - リードギター (1999年–2003年)
  • Kyle Hollinger - ドラムス, パーカッション (2001年-2003年)
  • Ahmad "Deadsie" Alkurabi – リードギター (2014年–2015年)
  • Omar Gusmao - リードギター (2015年–2016年)

ディスコグラフィ

スタジオ・アルバム

さらに見る タイトル, アルバムデータ ...
タイトル アルバムデータ チャート最高位 認定
US
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AUS
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AUT
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CAN
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FRA
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GER
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NLD
[12]
NZ
[13]
SWI
[14]
UK
[15]
ザ・ギフト・オブ・ゲーム
The Gift of Game
  • 発売日: 1999年11月9日
  • レーベル: Columbia
  • フォーマット: CDCS
92747133640101115
ダークホース
Darkhorse
  • 発売日: 2002年11月12日
  • レーベル: Columbia
  • フォーマット: CD、CS
1201395290164
The Brimstone Sluggers
  • 発売日: 2015年8月28日
  • レーベル: Membran
  • フォーマット: CD、音楽配信
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シングル

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タイトル チャート最高位 認定 収録アルバム
US
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US
Alt.

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US
Main. Rock

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AUS
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AUT
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FIN
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GER
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NOR
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NLD
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NZ
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SWE
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SWI
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UK
[15]
"Toxic"[31] 1999 ザ・ギフト・オブ・ゲーム
"Darkside"[32] 2000
"Butterfly" 11214121182213
  • RIAA: ゴールド[16]
  • ARIA: 2× プラチナ[33]
  • BPI: ゴールド[18]
  • BVMI: プラチナ[19]
  • IFPI AUT: ゴールド[34]
  • IFPI SWI: ゴールド[21]
"Revolving Door" 2001 7629192671464323
"Drowning" 2002 2424454550 ダークホース
"Hurt You So Bad"[35] 2003
"Hurt You So Bad" (Paul Oakenfold Remix)
"Lemonface" 2013 The Brimstone Sluggers
"Megatron" 2014
"Backpack" 2015
"Born To Raise Hell" 2015
"Come Inside" 2015
"—" は未発売またはチャート圏外を意味する。
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脚注

外部リンク

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