東京市日本橋に生まれる。4歳よりカテリーナ・トドロヴィッチにピアノの指導を受ける[2]。
成蹊高等女学校を卒業後、1936年にレオニード・クロイツァーの演奏を聴いて感銘を受け、その後クロイツァーに師事する。1941年にピアニストとしてデビューした。以後、東京や地方各地のリサイタルのほか、テレビ、ラジオに出演。1990年に満74歳で死去する直前まで演奏活動を続けた[2]。
国立音楽大学教授のほかに、東京芸術大学やお茶の水女子大学でも講師を務めた[2]。
『ショパンリサイタル』『ドビュッシーとショパン』などのLP、CD用の音源をレコーディング。没後20年となる2010年5月には、録音が再編集され「クロイツァー豊子 メモリアル~ショパン名曲集[2]」として発売された[3]。
夫であるクロイツァーの『芸術としてのピアノ演奏』(音楽之友社、1969年)を村上紀子と共訳した。ほかに研究論文として『ショパンにおけるアゴーギク、テンポ・ルバート、およびペダリング』がある。