クロムウェル男爵
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1期
様々な官職を務めたジョン・ド・クロムウェル(生年不詳-1335頃)は、1308年3月10日の議会召集令状によりクロムウェル男爵としてイングランド議会に召集された。しかし子供がなかったため、この第1期のクロムウェル男爵位は彼一代で終わっている[1]
2期
ついで第1期クロムウェル男爵の弟の曾孫ラルフ・ド・クロムウェル(生年不詳-1398年)が1375年12月28日の議会召集令状でクロムウェル男爵としてイングランド議会に召集されたのが、現存する第2期のクロムウェル男爵の創設である[2][3]。彼の死後、その息子のラルフ・ド・クロムウェル(1368年頃–1417年)が2代男爵を継承し、さらにその息子のラルフ・ド・クロムウェル(1403年頃–1456年)が3代男爵を継承した[2]。
3代男爵が死去すると男系男子が絶え、3代男爵の妹モード(生年不詳–1455年)の娘たち、モード・スタンホープ(生年不詳-1497年)とジョアン・スタンホープ(生年不詳-1490年)の姉妹の間で保持者不在となった[2][4]。1490年5月10日にジョアンが子供無く死去したことにより停止が解除され、モードが4代女男爵となっているが、彼女も子供がなかったので彼女が1497年8月30日に死去した後、初代男爵の娘3人の系統の間で再び停止となった[2][5]。
以降426年にわたって停止されたが、1923年7月16日に停止が解除され、初代男爵の娘モード(生没年不詳)の子孫であるロバート・ゴドフリー・ウォルスリー・ベウィッケ=コプリー(1893年–1966年)が5代男爵を継承した[2][6]。以降彼の直系の男系男子によって継承されており、2018年現在の当主は7代クロムウェル男爵ゴドフリー・ジョン・ベウィッケ=コプリー(1960年-)である[2][7]。
3期

トマス・クロムウェル(1485年頃-1540年)は、ヘンリー8世の寵臣として台頭し、宗教改革や行政改革に中心的役割を果たした人物である[8]。1536年7月8日の勅許状でサリー州におけるウィンブルドンのクロムウェル男爵(Baron Cromwell of Wimbledon in the County of Surrey)に叙せられ、さらに1540年4月17日の勅許状でエセックス伯爵に叙せられた。しかしクロムウェルが斡旋した王妃アン・オブ・クレーヴズがヘンリー8世に失望されたことで君寵を失い[8]、同年6月21日に大逆罪で有罪となり、全爵位を剥奪され、7月28日に処刑された[9]。
なおイングランド共和国護国卿として知られるオリバー・クロムウェル(1599年-1658年)は、トマス・クロムウェルの姉(妹)キャサリン・クロムウェルの玄孫にあたる。この家系はトマス・クロムウェルの威光に与かって宗教改革で没収された教会領を獲得してジェントリになった家柄である[10]。
4期
3期クロムウェル男爵(エセックス伯爵)トマス・クロムウェルの長男グレゴリー・クロムウェル(1514年頃–1551年)は、父が爵位剥奪・処刑された直後の1540年12月18日の勅許状でラトランド州におけるオーカムのクロムウェル男爵(Baron Cromwell, of Oakham in the County of Rutland)に叙せられた[11]
その玄孫の4代クロムウェル男爵トマス・クロムウェル(1594年–1653年)は、清教徒革命に際して王党派として行動し、1624年11月22日の勅許状でアルスターにおけるルケールのルケール子爵(Viscount Lecale, of Lecale in Ulster)、1645年4月15日の勅許状でアードグラス伯爵に叙せられている[12][13]。
しかし初代アードグラス伯の次男の4代アードグラス伯・7代クロムウェル男爵ヴィアー・エセックス・クロムウェル(1625年–1687年)の死去をもってアードグラス伯位と第4期クロムウェル男爵位は絶えた[12][14]。
歴代当主
クロムウェル男爵 1期 (1308年)
- 初代クロムウェル男爵ジョン・ド・クロムウェル (John de Cromwell, 生年不詳-1335頃) - 死後廃絶
クロムウェル男爵 2期 (1375年)
- 初代クロムウェル男爵ラルフ・ド・クロムウェル (Ralph de Cromwell, 生年不詳-1398年)
- 2代クロムウェル男爵ラルフ・ド・クロムウェル (Ralph de Cromwell, 1368年頃–1417年) - 先代の息子
- 3代クロムウェル男爵ラルフ・ド・クロムウェル (Ralph de Cromwell, 1403年頃–1456年) -先代の息子。死後に停止(abeyant)
- 4代クロムウェル女男爵モード・スタンホープ (Maud Stanhope, 生年不詳-1497年) - 先代の甥。1490年に唯一の相続人となり、1497年に停止(abeyant)
- 5代クロムウェル男爵ロバート・ゴドフリー・ウォルスリー・ベウィッケ=コプリー (Robert Godfrey Wolesley Bewicke-Copley, 1893–1966) - 初代男爵の娘の子孫。1923年に停止解除
- 6代クロムウェル男爵デイヴィッド・ゴドフリー・ベウィッケ=コプリー (David Godfrey Bewicke-Copley, 6th Baron Cromwell, 1929–1982) - 先代の息子
- 7代クロムウェル男爵ゴドフリー・ジョン・ベウィッケ=コプリー (Godfrey John Bewicke-Copley, 1960-) - 先代の息子
- 法定推定相続人は、現当主の息子デイヴィッド・ゴドフリー・ベウィッケ=コプリー(David Godfrey Bewicke-Copley 1998-)
ウィンブルドンのクロムウェル男爵 3期 (1536年)
- 初代クロムウェル男爵・初代エセックス伯爵トマス・クロムウェル (Thomas Cromwell, 1485年頃-1540年) - 1540年に剥奪
オーカムのクロムウェル男爵 4期 (1540年)
- 初代クロムウェル男爵グレゴリー・クロムウェル (Gregory Cromwell, 1514年頃–1551年) - 3期の初代男爵の息子
- 2代クロムウェル男爵ヘンリー・クロムウェル (Henry Cromwell, 1538年–1592年) - 先代の息子
- 3代クロムウェル男爵エドワード・クロムウェル (Edward Cromwell, 1560年頃–1607年) - 先代の息子
- 4代クロムウェル男爵・初代アードグラス伯トマス・クロムウェル (Thomas Cromwell, 1594–1653) - 先代の息子。1624年にルケール子爵、1645年にアードグラス伯爵)
- 5代クロムウェル男爵・2代アードグラス伯ウィングフィールド・クロムウェル (Wingfield Cromwell, 1624–1668) - 先代の息子
- 6代クロムウェル男爵・3代アードグラス伯トマス・クロムウェル (Thomas Cromwell, 1653–1682) - 先代の息子
- 7代クロムウェル男爵・4代アードグラス伯ヴィアー・エセックス・クロムウェル (Vere Essex Cromwell, 1625–1687) - 先代の叔父。死後全爵位廃絶
