ケネス・フランプトン
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ケネス・(ブライアン・)フランプトン(Kenneth (Brian) Frampton, 1930年 - )は、イングランド・サリー州ウォキング生まれの建築史家、コロンビア大学建築都市修景学部ウェア終身教授。
ギルフォード建築学校で学び、1956年ロンドンAAスクール卒業。イスラエルやダグラス・ステファン事務所で建築家として勤務。このかんロイヤル・カレッジ・オブ・アートおよびロンドンAAスクールで教鞭をとる。1972年よりコロンビア大学で教鞭をとり、1972年-82年、ピーター・アイゼンマンのニューヨーク都市建築研究所フェロー。同研究所には他に、マリオ・ガンデルソナス、レム・コールハース、マンフレッド・タフーリなどがいた。
ハル・フォスター編『反美学、ポストモダンの諸相』に執筆したエッセイ「批判的地域主義に向けて:抵抗の建築のための六つのポイント」において「批判的地域主義」概念を提出した。[1] ロバート・ヴェンチュリ、デニス・スコット・ブラウン、ロバート・A・M・スターン、マイケル・グレイヴスといったポストモダン建築家の「歴史への回帰」を「冷笑的」(cynical)と評した。彼らは古典的な建築要素(例:柱、アーチ、装飾的なファサード)を引用したが、これは深い文化的意味を持たず、単なるスタイルの遊びやノスタルジーに終始していたと見なした。
1997年、『テクトニック・カルチャー、19-20世紀建築の構法の詩学』においては, さらにそれを発展させた概念の1つとして「結構」(Tectonic) を提出した。