ケベック交響楽団
From Wikipedia, the free encyclopedia
沿革
1902年、約25名の奏者によりケベック交響楽団として発足した。初代音楽監督にはジョゼフ・ヴェジナが任命され、1924年に亡くなるまでその職を全うした。1904年からは年3回の定期演奏会を定例化し、フランス語普及協会の会合や宗教行事に参加した。また、ヴェジナ自身が作曲した喜歌劇の初演も行っている[1]。1951年、モントリオール交響楽団の創設者としても知られるウィルフリッド・ペルティエ[2]が音楽監督に就任し、アマチュア的な要素を残していた合奏団から、プロフェッショナルなオーケストラへと脱皮を遂げる。1968年からフランスの名指揮者ピエール・デルヴォーが音楽監督を務め、1971年には新設されたグラン・テアトル・ド・ケベックを本拠地として活動を始める[3]。
1998年にヨアフ・タルミが音楽監督に就任、Analektaレーベルに数多くの録音を行い、ジェイムズ・エーネスと共演した「French Showpieces」は、2001年のジュノー賞にノミネートされた[4][5]。2008年のケベック市創設400周年記念行事では、マーラーの交響曲第8番「一千人の交響曲」を演奏した。また、「バッハのメタモルフォーゼ (変容) 」は、ストコフスキー、ウェーベルン、レスピーギさらにはタルミ自身によるバッハ作品の編曲を集めた独創的なアルバムとして評価され、2009年のジュノー賞にノミネートされた[6]。2012年からはフランス出身のファビアン・ガベルが音楽監督を務め、フローラン・シュミットなどの知られざるフランス音楽の傑作や、後期ロマン派の作品に新たな光を当て、2017年にはシュミットの「ロンド・ブレルスク」のカナダ初演を行った[7]。
2024年には、国立芸術センター管弦楽団と共同で、歴史的なプロジェクト「Two Orchestras, One Symphony」を実施した。これはケベックを代表する作曲家ジャック・エトゥの遺作となった交響曲第5番の録音を制作するにあたって、アレクサンダー・シェリーの指揮のもと、両楽団合わせて100名以上の奏者と114名の合唱団が一体となって演奏・録音が行われたものである[8][9]。
音楽監督
- ジョゼフ・ヴェジナ (1902年-1924年)
- ロバート・タルボット (1924年-1942年)
- エドウィン・ベランジェ (1942年-1951年)
- ウィルフリッド・ペルティエ (1951年-1966年)
- フランソワ・ベルニエ (1966年-1968年)
- ピエール・デルヴォー (1968年-1975年)
- ジェームズ・デプリースト (1976年-1983年)
- サイモン・ストリートフィールド (1983年-1991年)
- パスカル・ヴェロ (1991年-1998年)
- ヨアフ・タルミ (1998年-2011年)
- ファビアン・ガベル (2012年-2021年)
- クレメンス・シュルト (2023年- )[10][11]