ケヴィン・ゴドレイ
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| ケヴィン・ゴドレイ Kevin Godley | |
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| 基本情報 | |
| 出生名 | Kevin Michael Godley |
| 生誕 | 1945年10月7日 |
| 出身地 |
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| ジャンル | ロック (音楽) |
| 職業 | ミュージシャン、ミュージック・ビデオ監督 |
| 担当楽器 | ボーカル、ドラム、パーカッション、キーボード |
| 活動期間 | 1960年代後期 - |
| 共同作業者 | 10cc、ホットレッグス、ゴドレイ&クレーム、GG/06 |
ケヴィン・マイケル・ゴドレイ(Kevin Michael Godley, 1945年10月7日 - )は、イギリス・プレストウィッチ生まれのミュージシャン、プロモーションビデオのディレクター。元10cc、元ゴドレイ&クレームのメンバー。日本では「ゴドレイ」の表記が定着しているが、英語圏での発音に忠実な日本語表記は「ゴドリー」である。
1960年頃幼なじみのロル・クレームと共に"The Sabres"というビートバンドに参加、地元の同胞のユダヤ人集会所などで演奏活動を行う。1965年ケヴィンは同郷でおなじユダヤ系のグレアム・グールドマンのバンド"The Mockingbirds"に参加しレコードデビュー。しかし5枚のシングルを発表するもヒットを生み出せずにバンドは解散。解散後ケヴィンは再びロルとコンビを組む。グレアムのマネージメントで二人は1967年"Yellow Bellow Room Boom"名義でシングルをリリース。その後グレアムが元マインドベンダーズのエリック・スチュワートとレコーディング・スタジオ"ストロベリースタジオ"の共同出資者となったことから、スタジオミュージシャンとして出入りを始め、やがてエリック、グレアム、ロル、ケヴィンの4人でバンド活動を開始する。
1969年ヤードバーズのマネージャー、ジョルジオ・ゴメルスキーの設立したレーベル "Marmalade"から、"Frabjoy & Runcible Spoon"名義でシングルをリリース。アルバムも企画されるがレーベルの資金繰り悪化に伴いキャンセルとなる。1970年にはロル、エリック、ケヴィンの3人でレコーディングした「ネアンデルタール・マン」が"ホットレッグス"名義でリリース。全世界で200万枚以上を売り上げるヒットを記録するも以降不発に終わる。その後も4人は"Doctor Father""Fighter Squadron""Amazon Trust""The New Wave Band"などとバンド名を変えながらシングルを次々とリリースし次のヒットを狙っていく。その前後スタジオミュージシャンとして、ニール・セダカ、オハイオ・エクスプレス、ラマセスなど数多くのアーティストのレコーディングを行った。
1972年4人は、ジョナサン・キングのUKレコードから"10cc"名義でシングル「ドナ」をリリース。これが全英2位の大ヒットとなり以降バンドの活動は10cc名義が中心となっていく(74年以降は10ccに固定)。3枚目のシングル「ラバー・ブレッツ」で全英チャート1位を獲得、次々とヒットを飛ばす。1975年にマーキュリー・レコードに移籍、「アイム・ノット・イン・ラヴ」等を発表するも、1976年に音楽性の違いから(公式にはギターアタッチメント"ギズモ"の開発のため)10ccを脱退。以降ゴドレイ&クレームとしてレコードをリリースする。
1980年自分たちのシングル曲「ニューヨークのイギリス人」でミュージック・ビデオを初監督。その後ポリス、デュラン・デュラン他のアーティスト達のビデオを手がけ、高い評価を受ける。ハービー・ハンコックの「ロック・イット」では1983年のMusic Week AwardsでBritish Music Promo Videosの"Top Director"を、1984年MTV Video Music Awardsで"Best Concept Video"を受賞。1985年のMTV Video Music Awardsでは"Video Vangard Award"を受賞した。またCM演出も手がけ始め、カンヌ国際広告祭では銀賞を受賞。1981年には画集"The Fun Starts Here - Outakes from A Rock Memoir"を出版するなどマルチアーティストとしての評価を固める。一方音楽活動では1985年のシングル「クライ」がプロモビデオの高評価も伴い彼らの代表曲となった。
1988年にコンビを解消。ケヴィンはその後もミュージック・ビデオの監督を続け、U2、ポール・マッカートニーらの作品を手がけている。また反アパルトヘイトキャンペーンソング「サン・シティ」のビデオ制作をきっかけにチャリティー活動に目覚め、その後「ファッションエイド」「バンドエイドII」など様々なプロジェクトに参加するようになる。1990年には自らが企画した環境問題チャリティアルバム「ワン・ワールド・ワン・ヴォイス」を発表。50分強もある1曲を制作するために世界26ヶ所のスタジオで292名以上のミュージシャンが参加。この映像版は、1990年5月20日~26日に放送されたスペシャル・プログラム「ワン・ワールド・シンフォニー」の一環としてイギリスBBCを始め、NHKほか各国のTVで放送された。
2006年7月からグレアムと新ユニット"GG/06"を結成。一緒に作曲、レコーディングした新曲をダウンロード販売で発表している。2007年3月にはグレアムのライブにゲスト参加、10cc時代の曲を含む2曲でリードヴォーカルを担当した。
2008年にはエイドリアン・ディーヴォイと共同執筆したサスペンス・コメディー長編映画"Where The Treetops Glisten"がクランクイン直前まで進むも、制作中止に終わっている。
ディスコグラフィー
アルバム(オリジナル/ライヴ)
ホットレッグス
- シンクス~スクール・スティンクス - Thinks: School Stinks (1971)
10cc
- 10cc - 10cc (1972)
- シート・ミュージック - Sheet Music (1974)
- オリジナル・サウンドトラック - The Original Soundtrack (1975)
- びっくり電話:ハウ・デア・ユー - How Dare You ! (1976)
- キング・ビスケット・ライヴ - In Concert (1995) ※1975年11月26日米国サンタモニカでのコンサートを収録
ゴドレイ&クレーム
- ギズモ・ファンタジア - Consequences (1977)
- L - L (1978)
- ミュージック・フロム・ギズモ・ファンタジア - Music From Consequences (1979)
- フリーズ・フレーム - Freeze Frame (1980)
- イズミズム - Ismism (1981)
- バーズ・オブ・プレイ - Birds Of Prey (1983)
- ヒストリー・ミックス Vol.1 - The History Mix Volume 1 (1985)
- グッドバイ・ブルー・スカイ - Goodbye Blue Sky (1988)