ゲオルギオス・パパニコロウ
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ギリシャ王国のエヴィア島キミ出身。アテネ大学卒業後、ドイツに留学しイェーナ大学、フライブルク大学を経てミュンヘン大学で博士号取得。1913年にアメリカに渡り、コーネル大学ウェイルメディカルカレッジ(医科専門大学院)の解剖学教室に勤務した。
1928年、膣垢検査によって子宮頸癌の診断が可能であることを示したが、1943年に医学書『Diagnosis of Uterine Cancer by the Vaginal Smear』が出版されるまで(パパニコラウ本人による。婦人科医ハーバート・トラウトとの共著)、一般には殆ど知られなかった。この検査方法はパップテスト(Papanikolaou test)と呼ばれ、現在も子宮癌の診断に用いられている。また、この時に開発された染色方法をパパニコラウ染色といい、その後の病理診断技術の発展に大きく貢献した。
1961年、マイアミ大学にパパニコラウ癌研究所(Papanicolaou Cancer Research Institute)が設立されることになったが、完成前の1962年に亡くなった。
