ゲプハルト・ヒールシャー
From Wikipedia, the free encyclopedia
主張
「戦後51年たっても日本政府は、戦争時代のあらゆる要求は二国間条約で片がつき、個人補償は問題にならないという立場に固執している。形式法理論に基くにすぎない片意地なその拒否的態度が、日本と旧交戦国の和解に至る道をこれまで妨げてきた。もちろん多くの日本人は拒否的態度によって、自分たちの過去の暗部との対決をうまくごまかしてすり抜けることができるだろうとの幻想を一段と強めてきた。」「こういうこと(個人補償)が可能だということを、ボン政府はすでに40年前に、1965年の連邦保障法で証明してみせた」[2]。
これに対し西尾幹二は、「ドイツの日本に対する優越は、この人のすべての両国比較の文章に共通している」とし、「日本の歴史に『ナチ犯罪』はないのだ。『国家賠償』を避けて『個人補償』に逃げ込まざるを得ないような理由も、必然性も日本にはない。しかるに日本人が『個人補償』に対する拒否的態度をとることで、『自分たちの過去の暗部との対決をうまくごまかしてすり抜けることができるだろうとの幻想』を抱いている、というのである。何という失礼な言い方であろう。他の国の人には何と言われてもよいが、民族抹殺、集団殺戮、人体実験、不妊断種手術、安楽死政策を大規模に重ねてきたドイツ人にだけは、日本人がこんなことを言われる理由はまったくない」[3]と反論している。